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第803話 疑惑 10-2

 藤堂をそっと見上げたら腕がゆっくり離れていく。僕は急いで立ち上がると準備室の鍵を開け、その戸を引いた。 「いつからここにいたんだ」 「六時半くらい」 「え? そんなに早くから?」  後ろ手に準備室の戸を閉めた藤堂が呟いた時刻に僕は思わず目を見張ってしまう。早い生徒は七時過ぎ頃に登校してくることもあるが、それよりもずっと前からここにいたのかと思えば驚きしかない。いまは七時半だから、一時間も準備室の前にいたことになる。 「心配で眠れなかった」  ゆっくりと近づいてきた藤堂の腕が伸ばされ、また僕の身体を強く抱きしめる。抱きすくめるみたいに身体を包まれて、心臓が少し跳ね上がった。首筋に顔を埋められて、胸の音を聞かれてしまうのではないかと思うほどに、跳ね上がった心音は動きを早める。 「ごめんな、その、携帯電話が壊れて」 「なにかあったんですか?」  昨日の出来事を話すべきか悩んでいると、心配げな視線が僕の顔を覗き込む。まっすぐな視線を受けて、僕は言い淀んだ言葉を飲み込んでしまった。済んだ出来事だしこれ以上心配をかけるのも申し訳ない気がして、僕は少し目を伏せてしまう。 「いや、線路に落として、それで壊した」 「そうだったんですね。佐樹さんになにもないならよかった」  ひと目でわかるほどに安堵した表情を浮かべられて少し胸が痛んだ。隠し事をしているのが少し後ろめたい。けれどやはり余計な心配はさせたくなくて、僕は小さく頷いた。 「よかった」 「藤堂もしかしてほんとに全然寝てない?」  抱きしめる腕や身体がいつもより少し体温が高い気がして、僕は藤堂を見上げた。すると少し困った顔をして藤堂は小さく笑う。その表情に僕は思わず腕を伸ばして藤堂の首筋に抱きついた。 「ほんとに悪かった。家からでも電話すればよかった。なんで忘れたりなんかしたんだろう」  自分の迂闊さが嫌になる。予想外の出来事があったとは言え、藤堂のことまで忘れてしまうなんて僕はどうかしていた。

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