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第805話 疑惑 10-4
そんな優しい指先に流されてしまいそうになるが、文句の代わりに肩口を拳で軽く叩いてやった。
「佐樹さんが可愛いから」
「もう名前で呼ぶの禁止、ここ学校だ」
からかうように緩んだ口元を両手で塞いで眉をひそめたのに、藤堂の目は優しく微笑みを浮かべる。優し過ぎるそれがなんだかくすぐったくて、僕は頬を熱くしながら身体を離して目を伏せた。けれどそんな僕を追い藤堂の指先がこちらへ向けられる。そしてその指先が前髪をすくい、頬に触れた。
「藤、堂」
「可愛い」
「しつこい」
微かに触れた感触にじわりとそこから熱が広がる気がした。とっさにまぶたを閉じてしまった僕に藤堂がふっと小さく笑った気配を感じる。
その笑みはまるでまだ触れていたいという僕の内側にある気持ちを見透かしているようで、恥ずかしさと焦りに似た感情に胸の音がどんどんと早まっていく。指先で顎をなぞられるとそれだけで肩が跳ねた。
「佐樹さん」
「あ、やだ。も、うやめろ」
指先が首筋をなぞるたびに肌がざわめく。両肩を押し離すように手をつくが、隙間はすぐに埋められてしまった。触れる唇の熱さに酔いが回ったみたいに頭がくらりとする。うっすらと目を開けると、まっすぐとした目が自分を見つめていた。その瞳に思わず手を伸ばせば、そっと頬に引き寄せられる。
「佐樹さんになにもなくてよかった」
「あ、ほんとに、ごめんな」
「もう安心したので大丈夫です」
再び引き寄せられて包み込むように抱きしめられた。目を閉じて耳をすませば、耳元にゆっくりとした心音が響いて心地いい。この音を聞くと藤堂の存在がなによりも傍にある気がして心が落ち着く気がする。
しかし訪れた沈黙を破る小さな音が聞こえた。その音に僕は閉じていた目を開き振り返る。するとまた小さな音が響く。部屋の戸を叩く音にようやく現実に帰った気分だった。
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