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第806話 疑惑 11-1

 二人だけしかいなかった空間が、ふいに現実に返ることでその場所がどこなのかを改めて思い知る。朝のひと気のない学校だけれど、ここはいつ人がやってくるともしれない場所だ。最近は傍にいることが多くて、その制約を忘れてしまいそうになっていた。前はもう少し用心深かった気がする。気の抜け過ぎている自分に呆れてしまう。 「は、はい」  一歩だけ藤堂から身を離し、準備室の戸をノックする相手に返事をした。するとカラカラと小さな音を立てて戸が引かれ、見覚えのある人物が顔を出す。 「西岡先生、いま少しいいですか。昨日お話した」  少し俯きがちに準備室に足を踏み出した間宮は、ふっと顔を持ち上げて僕と藤堂に視線を向ける。そしてしばし固まったように動きを止めて目を瞬かせた。 「あ、おはよう。間宮、あー、昨日の携帯だよな」 「はい、昨日お話したカタログ持ってきました。あの、私なにかおかしいですか?」 「いや、そんなことないけど」 「そうですか? なんだかお二人とも少し驚いた顔してますよ」  変なところで勘の鋭い間宮は僕と藤堂の些細な違和感に気づいたのだろう。けれどさすがにその理由まではわかりようもないはずで、不思議そうな顔をして首を傾げている。そんな間宮に気づかれないようにほっと息をつくと、僕と藤堂は苦笑いをして顔を見合わせた。 「えーと、これがカタログです」 「ああ、うん。ありがとう」  差し出された携帯電話のカタログを受け取ると、僕はそれをパラパラとめくった。間宮の持っているシルバーのほかに白と黒、ブルーがあるようだ。壊れた携帯電話と同じく、どちらかと言えば男性向けであろう機種は余分な機能がないシンプルなものだった。  しばらく黙ってカタログを見つめていたが、背中に視線を感じて僕は顔を上げた。そしてその視線を慌てて振り返れば、藤堂の視線が無言で僕に訴えかけてくる。

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