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第822話 疑惑 15-1

 何度も何度も手首に口づけられて、くすぐったいその感触に肩をすくめたら、藤堂の唇が弧を描きゆっくりと距離を縮め僕の唇に触れた。それは優しく触れ合うだけの口づけだったけれど、何度もついばまれていくうちに頬がじわりと熱を持ち始める。 「佐樹さんにもしものことがあったら、どうにかなりそうだよ」 「言い出せなくてごめん」 「ほんと、痕が残るような怪我じゃなくてよかった」  そっとTシャツの裾から滑り込んだ指先が、いまはもう薄れてほとんど見えなくなった痣をなぞるかのように肌を撫でる。その感触に肩が跳ね上がるけれど藤堂の指先は離れることはなくて、僕はますます熱くなった頬を誤魔化すように藤堂の肩口に顔を寄せた。 「写真のことも事故のことも気になるので、母のことは改めて確かめておきますね。関係ないとしても写真はちょっとこのままにはしておけない」  少し硬くなった声に顔を上げると、藤堂は箱の中の写真を見つめてまた険しい顔をしている。それにつられるように写真を振り返ると、ふいに伸ばされた藤堂の手によって箱のフタが閉じられた。 「ストーカーとかそういうのも心配です」 「え? ストーカー? 僕の?」 「それ以外に誰がいるんですか」  思いもよらぬ言葉に目を見張ってしまったが、藤堂はどこか呆れたようにため息をつく。けれどまさか僕などをストーカーする人間がいるなんて思いもしなくて、藤堂の言葉を飲み込みきれずに僕は閉じられた箱をまじまじと見つめてしまった。 「それはないだろ」 「俺もないとは思いたいですけど、ないとは限りません。違うとしたら一番怪しいのは俺の母親ですね」  思わず言い切ってしまった僕に藤堂は少し困ったような笑みを浮かべ、そっと額を合わせてきた。ぐっと近くなった藤堂の顔に慌てて身体を離そうとしたけれど、それは両腕に身体を囲い込まれてたやすく阻まれてしまった。

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