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第826話 疑惑 16-1
藤堂に隠しごとをする必要がなくなってだいぶ気持ちが落ち着いた。あのあとも写真のほうは相変わらず届いていたが、思い悩むことは少なくなったように思う。藤堂も母親の動向を以前よりも注意深く見てくれるようになり、その安心感からかもしれない。とはいえなにがあるかわからないので油断は禁物だ。それでなくとも僕はうっかりしたところが多いのだから、これ以上は藤堂に心配をかけるわけにはいかない。まだ根本的な問題が解決したわけではないのだ。
「西岡、聞いたか」
「ん? なにを?」
職員室の自席で書類を整理していると、ふいに横から覗き込んでくる視線を感じた。その視線と名前を呼ぶ声に顔を上げれば、同期の飯田が僕の顔を見つめてにやにやしている。相変わらず整った飯田の顔は、唇を歪めにやついていても崩れることなく男前だ。そんな隙のない顔に首を傾げて話の続きを促すと、飯田は隣の席にある椅子を引いてそこに背もたれを抱えるようにして座った。
「キングとクイーンと王子が一堂に会すらしいぞ」
「なんだそれは」
楽しげな飯田の目に少し呆気にとられながら、僕はまた小さく首を傾げた。王子というのはおそらくあだ名で、藤堂のことだろう。けれどキングにクイーンは初耳だ。しかし僕のそんな反応は予測済みだったのか、飯田はさして気分を害することもなくまた深い笑みを浮かべる。
「文化祭、峰岸のクラスと藤堂のクラス合同でやるらしい」
「あ、文化祭。そういえばもうすぐだな」
「お前は相変わらず校内行事に疎いな」
どこか呆れたような飯田の目に僕は苦笑いを返した。文化祭は学校で一番生徒が楽しみにしている一大イベントだ。けれどクラスを持っていなく、部活の顧問にもなっていない僕はあまり関わり合いのないところにいた。
「でもなんだ、キングとクイーンって」
「ああ、峰岸と鳥羽は生徒会引退しただろう。会長と副会長っていう肩書きがなくなって、新しくついたあだ名だな。引退しても二人の存在感はなくならないってやつだ」
「ふーん」
確かに峰岸も鳥羽も昨今の生徒会の中でも群を抜いて存在感があり、それは比べようがないくらいだ。そして存在感だけでなくその有能さも僕が知る中ではピカイチだろう。
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