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第855話 疑惑 23-2
そう考えると、一番あり得ないと思っているストーカーという選択肢が出てくる。正直言ってそれはどうなんだろうと考えてしまうのだが。でもそうだとしたら僕の知らない人間なのだろうか。それとも身近な人間?
でもそれもなんだか現実味がなくて、深いところまで考えが及ばない。
「佐樹」
「ん?」
ふいに名前を呼ばれて僕は俯けていた顔を持ち上げた。明良の顔を見つめ首を傾げたら、伸びてきた手が後頭部に触れる。急にどうしたのだろうと状況が飲み込めず問いかけようとしたが、その前に触れた手に頭を引き寄せられてしまった。
「ちょっとこのままでいろ」
声をひそめ辺りを窺うような明良の行動に、僕はとっさに身を固め息を吸い込んだ。
「なんかさっきから人の気配するんだよな」
「気配?」
「気配っつーか、視線?」
「え?」
思いがけない明良の言葉に顔を上げそうになったが、それは片手で制されて胸元に抱き込まれてしまう。ここで下手に動いても仕方ないので辺りに耳を澄ましてみた。けれどいくら察してみようと思っても、微かに喧騒が聞こえてくる以外に人の気配は感じられなかった。
「ん、いなくなったな」
「お前のその動物的感覚、すごいな」
「褒めてねぇだろ」
手が緩んだので顔を上げたら額を指先で弾かれた。目を細める明良に苦笑いで返したら、緩んでいた手が首にまわり腕で軽く締め上げられる。
「褒めてはないけど感謝はしてるって」
「可愛くねぇな」
「ちょっと待った、くすぐるのはなしっ」
気配を察して声を上げたけれど、それをすぐ聞いてくれるような相手でもなく、逃げ出せる隙もないまま腹をよじらせると、僕は大声をあげて笑ってしまった。そして二人で散々暴れた挙げ句に飲みかけのカップを倒して中身をぶちまける。
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