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第862話 疑惑 25-1
さすがに優勝を狙うだけはある。カフェとしての完成度はおそらく校内でも一番だろう。ここまで仕込まれるとほかのクラスはちょっと太刀打ちできない感じがする。ちょっと狡いと思えてしまうが、借り物さえ除けば管理システムも撮影関連の機材も生徒たちの手によるものらしい。人をいかにうまく使うか使わないか、そこは頭の使い方と腕の見せ所というわけだ。
「すみません。もう少し話していたいんですけど、そろそろ行かないといけないので」
「うん、悪かったな急に来て」
「いえ大丈夫です。あ、そうだ」
踵を返し背中を向けた藤堂が急にこちらを振り返る。それに驚いて目を瞬かせたら、身を屈めた藤堂が耳元でぽつりと小さく呟いた。その思いがけない言葉に、僕は気持ちが浮ついてほんの少し頬が緩んでしまった。
――終わったら家に行きますね。
たったそれだけなのに、このあとの仕事も気合いを入れて乗り切れそうになってしまう。単純なやつだなと思いながら藤堂の背中を見つめていたら、珈琲とケーキが運ばれてきた。藤堂くんからサービスですと差し出されたそれは、甘酸っぱい香りがした。りんごがツヤのある黄金色に仕上がったケーキはアップルシナモンだった。ふかふかのスポンジケーキも綺麗な焦げ目がついて見るからに美味しそうだ。
ケーキもどうやら生徒たちの手作りらしい。
「あー、ほんとに仕事してないなぁ」
のんびりとケーキを頬ばっている姿を見られたら、ほかの先生たちに苦い顔をされそうだ。けれどそう思っていても美味しそうなケーキを前にすると気持ちは大きく揺らぐ。心の中で謝罪をしつつ両手を合わせると、僕はアップルシナモンケーキにフォークを向けた。
「あ、うまい」
りんごの甘味を生かしたさっぱりとした口当たりだ。ほのかに鼻先をくすぐるシナモンの香りと相まって甘酸っぱさがクセになる。添えられた生クリームも一緒に口に運ぶとまた格別だ。
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