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第882話 疑惑 30-1
今日は朝からバタバタとしていて、ろくな休憩を取れないままその忙しさに翻弄された。慣れない接客をさせられて、それだけで神経がすり減ったと思う。おかげでふいに姿を見せてくれた佐樹さんに、和んだ気持ちになったのは言うまでもない。けれどやはり疲れが顔に出ていたのか、俺の微妙な笑みを見て彼は笑っていた。その事実に気恥ずかしさはあったが、彼の笑顔はあの場所に俺たち以外の人がいなければ、無条件に抱きしめてしまいたくなる可愛さがあった。
そんな佐樹さんに、この煩わしい忙しさから解放されたらゆっくりと会えるはずだった。しかし文化祭が終了し携帯電話を開くと、メールが一通届いていた。――今日は急用があって会えないので明日改めて会いたい、そんな内容だ。浮ついていた気持ちが、底辺に思いきり叩きつけられたかのような気分になる。だがあの人は軽い気持ちで約束を反故にするような人ではないので、不満が腹の底に溜まったが大きなため息と一緒に吐き出した。明日になれば会えると、そう言い聞かせて俺は了承の旨を返信して携帯電話を制服のポケットに押し込んだ。
「早い時間に家に帰るのは気が進まないな」
予定がなくなり急に身体を持て余してしまう。最近あれは家にいることが多い。以前ほど人の顔を見てなにか言ってくることはないが、なんだか近頃は存在が異様というか不気味であまり接触をしたくない。今日はバイトも入っていないので、夜まで時間を潰すとしたら弥彦を捕まえるしか方法はなさそうだ。しかしそう思ったのに、俺はひどく面倒くさい流れに乗せられてしまった。
「藤堂くんがこういうのに参加してくれるの初めてだよね!」
「いや、俺はすぐ帰るから」
「そう言わずもうちょっといてくれよ」
決してクラスメイトたちが嫌いなわけではない。しかし俺は人が大勢集まる賑やかな雰囲気に馴染めないのだ。
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