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第884話 疑惑 30-3
「そういえばお母様はご健在? 会社でお見かけした時に随分とお痩せになっていたと聞いたのだけれど」
グラスに刺さったストローでアイスコーヒーを飲んでいると、峰岸とは反対側に座っていた鳥羽がこちらを振り向き、耳打ちするような小さな声で問いかけてくる。その問いに俺は肩をすくめてため息を吐き出した。
夏が来る少し前にあいつの会社が鳥羽の父親が経営する会社に吸収された。事実上、社長の立場は解任され、いまは吸収元の会社で取締役に名を連ねることになった。しかし夏以降は家に引きこもるようになり、ほとんど出社はしていないはずだ。
「健在ではないが生きてるよ」
吐き出すように呟いて、俺はまたため息をついた。いまあいつの頭にあるのは、戻るはずもない旦那のことだけだろう。弁護士を通して話し合いを続けているがいつまで経っても平行線。多額の慰謝料を払ってもいいから離婚したい男と、頑なに首を振り続ける女が何ヶ月も同じことを繰り返している。
「こちらがやはり無茶をしてしまったかしら?」
「いや、そっちが悪いわけじゃない。病んでるのは別の原因でまったく関係ない話だ」
一体いつまでこんなことが続くのだろうか。このまま長引いていけばなにが起きるかわからない。佐樹さんの身の回りで起きている一件も片がついていないし、正直言えば気が気ではない。またなにかに巻き込まれでもしたらと考えると、離れているこの瞬間さえももどかしい気持ちになる。
だがふとそこまで考えて、無意識に俺は立ち上がっていた。
「どうした?」
「……帰る」
なんとなく嫌な予感がした。それは心の奥でなにかが蠢くようなざらりとした気分の悪い感触だ。その理由はさっぱり見当もつかないが、ひどく胸騒ぎを覚える。できれば顔を合わせたくないが、いまはなぜかあれを一人放っておくのが心配になった。
「別に出さなくていい。急ぐなら行けよ」
鞄を取り慌ただしく財布を開いたら、峰岸の手がそれを制した。
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