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第885話 疑惑 30-4

 その手に驚いて俺は思わず峰岸の顔をじっと見つめ返してしまう。すると片頬を持ち上げて笑った峰岸は、早く行けと言わんばかりに手を振った。 「そうか、じゃあ遠慮なく」  ここで払う払わないとやり取りしている時間がもったいない。俺は笑みを浮かべてこちらを見る峰岸と鳥羽に片手を上げると、急いで賑やかな部屋をあとにした。そしてカラオケ店を出ると先を急ぐように走り出す。早く、早く帰らなければとなぜか心がはやる。  しかしどんなに急いでも家に着くまでに四十分はかかるだろう。電車に駆け込めばあとはそれが駅に着くのを待つしかない。 「佐樹さんは、どうしてるだろう」  電車に乗り息を整えた俺は、空いていた座席に腰かけ携帯電話を取り出した。特別連絡もないので気にし過ぎだろうと思うが、なんとなく落ち着かずメールを打つことにした。心配かけるような文面になってしまわぬよう、さりげなく帰宅の頃合いを聞いて電話してもいいか尋ねてみる。なにか用事があると言っていたので、すぐには返信は来ないだろうと携帯電話は閉じてまた制服のポケットにしまった。  それにしてもなんだろうかこの焦燥感は、こんなに落ち着かない気分になるのは初めてかもしれない。停車する駅を一つ二つと無意識に数えてしまう。いつもならそれほど気にならない距離がいまはなんだかひどく遠く感じた。そして最寄り駅に着く頃には停車する前に立ち上がり、開くドアの前に立っていた。 「とりあえず家に帰れば気分も落ち着くだろう」  そう自分に言い聞かせて駅から家までの道のりを急ぎ足で通り抜けた。道の途中にある弥彦とあずみの家には玄関先に明かりが点っている。もう日が暮れて辺りはだいぶ薄暗い。先ほどなにげなく見た駅の時計は十九時を回っていた。文化祭の片付けは二時間ほどだった。意外とそれから時間が過ぎていたのだなと、さらに先を急いで家へと向かった。

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