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第890話 疑惑 32-1
まさか他人がそこまでするとは想像していなかった。川端がそれほどまであいつに入れあげていたというのだろうか。しかし思えばいま離婚に関することをすべて取り仕切っている弁護士は、もともと契約していた弁護士を解任し、新たに川端が用意した人間だ。第三者まで使い、裏から手を回していたということなのか。
けれどなぜそこまでするのか、あの女の魅力がわからない俺は理解に苦しむ。だがいまはそんなことはどうでもいい。なにか確証がここにあるかもしれない。いや、なにもなければいい、思い違いであればいい。杞憂だったかと思えればいい。
そう思いながら手を動かす俺の気持ちに反してそれは、無数の写真の中に埋もれていた。見覚えのある優しい笑みに指先が震えた。ほかの写真同様にその写真もまた無残にも切り刻まれている。
「君、どうしたんだ、なにか」
「なんだ、これ」
俺の様子にただならぬものを感じたのか、二人の刑事は「失礼する」と声を上げてリビングにやってきた。そして部屋の有様を見て声を上げる。
けれどいまの俺にはそんな声などどうでもよかった。手にした写真を握りしめて俺は今度は玄関に向かい走り出した。呼び止める声は背後から聞こえてくるが、そんなものに構っている暇はない。乱雑に靴を履き外に飛び出すと、俺は携帯電話を取り出してあの人に電話をかけた。耳元で鳴る呼び出し音――けれどいつまで待ってもそれが途切れることがない。
誰かと一緒にいて電話に気づいていないならいい、電車に乗っていて出られないのならばそれでもいい。胸に広がる嫌な予感が的中することがなければそれでいい。祈るような気持ちで何度も電話をかけ直した。
家を飛び出し駅前にたどり着くと、俺は視線を巡らし止まっているタクシーを探す。するとちょうどよく一台のタクシーが乗り場に現れた。
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