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第893話 疑惑 32-4

 携帯電話の向こうは相変わらず静かでなにも聞こえない。焦りばかりが胸の内に広がっていく。  タクシーはしばらくしてゆっくりと徐行を始めた。窓越しに見えた公園は想像しているよりも広かった。暗い夜道をじっと目を凝らしてみる。 「お客さんあれ」 「え?」  じっと外を見ていた俺に運転手が声をかける。その声に振り返ると運転手は道の先を指さしていた。フロントガラスの向こうに見えたのは鞄と携帯電話らしきもの。俺はとっさにドアノブを引き開けていた。それに気がついた運転手は慌てて急ブレーキを踏んだ。 「危ないですよ!」  その声は耳に届いたが、車が止まったと同時に俺は外に飛び出していた。そして暗闇に残された鞄と携帯電話のもとへと走る。地面に落ちているものはおそらく彼のもので間違いはないだろう。どちらも見覚えのあるものだ。二つを拾い上げ辺りに視線を向けてみるが、しんと静まり返ったそこでは虫の音しか聞こえない。やはり公園の中だろうか。  公園の入り口からじっと中を窺うが外から見ても広い公園だ、すぐには見つからないかもしれない。だがこんなところでもたもたしているわけにはいかない。すぐ傍まで来て再び停車したタクシーの中を覗き込むと、俺は鞄と携帯電話を後部座席のシートの上に置いた。 「すみませんが、このままここで待っていてもらえますか。必ず戻りますので」 「え?」 「必ず戻ります。でももし三十分以上経っても戻ってこなかったら、警察に連絡してください」  状況を飲み込めていないだろう運転手は、鞄と俺を見比べて困ったような表情を浮かべる。しかしゆっくりと返事を待っている暇はない。後部座席のドアを閉めると俺は公園の中に駆け込んでいった。

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