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第897話 疑惑 33-4

 けれど俺を掴み上げている細身の男は、なにごともないような顔をして懐に手を差し入れると、折りたたみのナイフを取り出した。そして金髪の仁科と呼ばれた男の前に緩慢な動きでそれを放り投げる。仁科は目の前に落ちたそれをしばらく固まったように見つめていた。 「どうした、やらないのか?」  眼鏡の男がどこかつまらなそうな声を出す。その声に仁科は肩を跳ね上げると、真っ青な顔をしながら飛びつくように折りたたみナイフを拾った。指先がゆっくりとナイフの刃を引き出す。刃渡り十センチほどのナイフが外灯の光に照らされ鈍く光る。 「やめろ!」  仁科がナイフの柄を両手で握り締めたのを見て血の気が引いた。一歩、また一歩と仁科が足を踏み出すたびに心臓が早鐘を打つ。目の前の彼は青白い顔を俯かせぐったりとしている。あそこから自力で逃げ出すのは不可能だ。このまま手をこまねいて見てはいられない。けれど俺の腕を掴んだ手に力が込められる。 「佐樹さん!」 「と、うどう」  しんと静まり返った空間に微かな声が響く。胸を鷲掴まれたような思いがする。なぜこんなことになってしまったのだろう。なぜ彼がこんな目に遭わなくてはいけないのだろう。俺が彼を好きでいることが、それが罪だというのか。俺がもっと早く手を放していればこんなことにはならなかったのだろうか。わからない、こんな理不尽なことわかりたくない。  俺は傷つけるために彼を愛したわけじゃない。俺はあの人を――苦しくて喉がひどく熱くなった。けれど込み上がってくる感情を押し込めるように飲み込んだ。 「うわぁぁぁ!」  仁科が奇声を上げて走り出す。俺は掴まれた腕を必死で振りほどくと、彼へと向かい手を伸ばした。 [疑惑/end]

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