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第902話 別離 2-1

 鞄に触れたのは明良の家だけだったから、よく考えればわかることだった。それなのに僕は焦って大事なところで判断ミスをした。明良を待てばよかったし、藤堂が来るのを待ってもよかったはずなのに。なくしてしまったことにばかりに気を取られたのだ。そしてそれを藤堂に知られるのが怖くて、曖昧な返事しかできなかった。 「明良、どうしよう藤堂が」 「優哉? あいつがどうした」  藤堂のことまでは知らなかったのか、僕の言葉に明良は驚いた顔をして首を傾げた。けれど改めて僕の姿を見て眉を寄せる。赤黒く汚れた服は暗がりでも異様だっただろう。 「僕のことかばって怪我をして、まだ容態がわからない。いま手術中なんだ。長くかかるだろうって言われて」 「そうか、救急車で運ばれたのは優哉か。現場に居合わせたってことは、あいつはお前の身の回りに起こっている原因がわかったんじゃないのか」 「わからないけど、電話くれた時すごく慌ててた」  そうだ、藤堂はひどく慌てた様子で僕のことを心配していた。あの時、判断を誤らずに電話をもらった時すぐ駅に引き返していれば、こんなひどいことにはならなかったかもしれない。まだ事故や写真の出どころはわかっていなかったのだから、もっと警戒するべきだった。間宮の一件で少し気持ちが緩んでしまっていたのかもしれない。けれど今更後悔しても遅い。 「そのお話、詳しくお聞きしたいのですが」 「え? あ……」  ふいに聞こえてきた声で我に返った僕は、とっさにキーケースをズボンのポケットに押し込んだ。怪しい行動だというのは頭ではわかっていたが、隠さずにはいられなかった。  ゆっくりとこちらに近寄ってくる二人には見覚えがあった。病院までパトカーで送ってくれた警察の人だ。確か僕と同じくらいの背丈で四十代くらいの人が野崎さんで、彼より一回りほど若く背が高いのが館山さんだった。

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