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第906話 別離 3-1

 どのくらい眠っていただろう。重たいまぶたを持ち上げると、目の前には白い天井が見えた。明るい室内の様子から推測するといまは朝か昼頃だろうか。静かな室内には心拍計の規則的な音が聞こえる。あれから一晩経ったのか、そう思って彼のことを思い出した。 「痛っ」  身体を無意識に起こそうとして腹部に痛みが走った。思った以上に不自由な状況になったなと、重い痛みに身体の力を抜く。あの状況ではナイフを払い落とすのも間に合わなかった。それに下手に手を伸ばしてヤケを起こしていた男が暴れだしても厄介だった。しかしこれしか思い浮かばなかったとはいえ、あとのことを考えれば彼に心配をかけるだけだったかもしれない。ずっと俺の手を握っていた彼の手は震えていた。  いったいどれが正解だったのか、もはやそれさえもわからないが、あの人があれ以上傷つかない方法であれば正直どれでもよかった。そういえば彼も怪我をしていたがあれからどうなったのだろう。あの傷、痕が残るんじゃないだろうか。  頭に浮かぶのは彼のことばかりだ。いますぐにでも確かめたい。この目で見て、手で触れて確かめたい。 「佐樹さん」  しばらくぼんやりと記憶を反芻していたが、このままじっとしているのも落ち着かない。もし治療を受けたのがこの病院なら、なにか知っている人もいるかもしれない。そう思ってナースコールのボタンに腕を伸ばしたところで部屋の戸をノックする音が聞こえた。 「あら、藤堂優哉くん。目が覚めたのね。気分が悪いとかないかしら」  引き戸を開けて入ってきたのは病院の看護師だった。俺が起きていることに気がつくと、笑みを浮かべてこちらへやって来る。そして俺がもの言いたげな視線を向けると、少しだけベッドの高さを変えてくれた。 「あの、すみません。昨日の晩に腕を怪我した人はこの病院にきましたか」 「腕を怪我した人? んー、どうかしら」  こちらの問いかけに彼女は一瞬首を傾げた。その反応を見たところ、もしかしたら日勤交代などで夜のことは知らないのかもしれない。

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