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第908話 別離 3-3
じきに医師が経過を見るためにやって来る。その前に電話を済ませようと携帯電話を開こうとしたら、ノックもなく部屋の扉が開いた。突然の来訪に驚いて顔を上げると、恰幅のいい五、六十代くらいの男が入り口に立っていた。覚えのない男だ。
コートやスーツは仕立てがよくオーダーメイドの品を身につけている。貴金属や時計、帽子も質のいいものだろうというのが見て取れた。身なりにいと目をつけないおそらく随分な資産家なのだろう。上流階級特有なのだろうか、こちらを見る視線は他人を優劣つけて見下ろす視線だと思った。そこまで観察してなんとなくその男が誰なのか気がついた。電話で一度しか話したことはないが、父方の兄である川端だろう。
「目が覚めたようだね。具合はどうかな」
一見すると甥の見舞いに来た親切な伯父なのだろうが、俺は言葉を交わす気にはなれなかった。俺の予想に間違いがなければ、今回の、いやいままでの佐樹さんに対する仕打ちはこの男の手によるものだ。不定期に送られてきていた写真、他人を使っての事故工作。あの女が望んでいたことなのかもしれないが、それを行うだけの行動力も精神力もなかったはずだ。それなのに助長し手を加えていた。
この男がいなければこんなことにはならなかった。そしてあいつも馬鹿な真似などできはしなかっただろう。
「いま先生に話を聞いてきたよ。順調に回復すればあと一ヶ月で退院できそうだということじゃないか。安心したよ」
部屋に入ってきた川端の後ろには背の高い男が控えていた。この男は見覚えがある。確かあいつについた後任の弁護士だ。
「彩香さんも入院したよ」
「精神鑑定にかけて情状酌量か」
精神異常で罪には問わないというシナリオか。馬鹿馬鹿しい、ここまでしてなにが欲しいと言うのだ。頭のイカれた女を一人手に入れるのにこんな手の込んだ真似をして、よほどそいつの頭のほうがどうにかしている。
警察はこの男の存在には気がつかないのだろうか。
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