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第916話 別離 5-3
「ああ、あれね。また来てるでしょう」
ひそめた声は病院の看護師のものだ。こっそりと給湯室から外を見ると、廊下の隅で二人顔をつき合わせているのが見えた。その二人は何度も藤堂の病室に来たことがある看護師たちではないだろうか。
「あ、もしかして」
彼女たちは毎日藤堂の様子を見ているのだから、藤堂が思い悩んでいることをなにか知っているのかもしれない。そう思った僕は給湯室に身をひそめて聞き耳を立てることにした。
「あれないわよね。仮にも父親でしょう」
「前に声が外までもれてるって言うので師長さんが注意しに行ったら、床に頭を擦りつけて土下座までしてたっていう話じゃない。一緒についていった子がびっくりしたって言ってた」
なんだか話の内容が不穏な雰囲気だ。藤堂の父親――それは家を出てしまったというその人のことだろうか。もしかして藤堂が気を病ませているのは父親が原因なのか。声や言葉を聞く限り看護師から見た父親の印象は悪いようだ。
「自分が再婚したいから早く離婚したいらしいわよ」
そういえば夏に両親のあいだで離婚の話が上がっていると言っていた。けれど母親のほうが同意をしていないという話だった気がする。父親が離婚を押し進めているということはあれから進展があったのだろうか。
「お母さん精神病棟に入院中でしょう。優哉くんの引き取り手がないじゃない」
「ほら、秘書の人が毎日のように病室に来てる、優哉くんの伯父さんが後見人になるって噂」
「ああ、あの人。私あんまり印象よくないかな。優哉くん可哀想」
盗み聞いた内容は想像以上に最悪に近いものだった。もしかしていまの藤堂は自分の身の置き場がわからなくなっているんじゃないだろうか。
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