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第918話 別離 6-1

 僕が足を踏み入ることで藤堂が困るとわかっていても、藤堂が傷つけられているのに黙っていることはできなかった。戸を引く音に驚いたのか、ベッドの傍にいた男の人は肩を跳ね上げて振り返る。そして僕を見て気まずそうな表情を浮かべた。 「佐樹さん」  部屋に入ってきた僕を見た藤堂は戸惑ったように瞳を揺らした。勝手に身内の揉め事に頭を突っ込むのはやはり迷惑だったかもしれない。藤堂の視線を受け止めた僕の中にそんな思いがよぎる。けれど意を決した僕は無言のまま足を進めると、まっすぐベッドへと近づいていった。そんな僕の行動に部屋にいた男の人は少し気圧されるようにして数歩後ろへ下がっていく。  手にしていたものを藤堂の前にあるオーバーテーブルに載せ、僕はこちらを伺い見る男の人を振り返った。そこにいる人は四十代くらいの一見どこにでもいる穏やかそうな雰囲気を持つ人だ。身なりもきちんとしていて真面目そうな印象を受ける。けれどこの人が藤堂を追い詰めているのだと思えば、向ける視線もきついものになってしまう。 「あ、その、優哉、また来るよ」  僕の視線を受けた目の前の人は、うろうろと視線をさ迷わせる。それでも藤堂に視線を向けると、まっすぐに見つめた。その態度に苛立ちが募る。懲りずにまだ来るつもりかと、そう言ってやりたい気持ちを抑えて拳を握りしめたら、そっとその手を藤堂が包んでくれた。その感触に驚いて振り返ったら、藤堂はゆるりと首を横に振った。 「帰ってください。いま答えを求められても決断できません」 「そうか、また来る」  藤堂の言葉に暗い表情を浮かべると、男の人は少し背を丸めて部屋を出ていった。その姿は哀れみの気持ちを誘うけれど、だからといって藤堂に負担を押しつけるのは違うと思う。血の繋がりはないかもしれないが、ひと時は我が子として愛した子供だ。それなのに簡単に切り捨てて放り出してしまうなんて、どれほど身勝手なんだろう。

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