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第922話 別離 7-1

 藤堂の病室をあとにし、病院を出た僕は表通りにあるバス停へと向かっていた。利用客が多いからなのか、病院前のバス停は十分に一本はバスがやって来る。いまも丁度よくバスが通りを曲がりこちらに近づいてきているところだった。 「あれ? ないな」  バスに乗るためにパスケースを取り出そうとした僕は、斜めがけにしている鞄の中を漁った。しかしいくら探してもパスケースが見つからない。行きにも使ってきたのでないはずがないのだが、どこかで落としただろうか。  そうこうしているうちにもバスはどんどん近づいてくる。乗る間際にもたつくのも迷惑になるだろう。仕方がないので小銭を出すべく僕は財布を手にした。 「失礼、これはあなたのではないですか」 「え?」  声が聞こえて振り返ると、男の人が身をかがめてなにかを拾い上げていた。その姿で先ほどかけられた言葉の意味を悟った僕は、慌ててその人の手元に視線を落とした。 「あ、それ僕のです」  黒い革手袋に包まれた手にあるのは見間違えようもない僕のパスケースだった。いま拾い上げたということは足元に落としていたということか。周りを見回したつもりでいたのに、灯台もと暗しとはこのことだ。 「ありがとう、ござ、います」  目の前に立つ男の人は拾い上げたパスケースを僕に差し出し優しげな眼差しで微笑んだ。その姿を見た瞬間、僕は置物のように固まって動けなくなってしまった。  彼はダークグレーのスーツに黒いロングコートを着ている。とても背が高くて表情を見るためには少し見上げなければいけない。黒い艶やかな髪は少し長めで頬にかかるほどだが、清潔感がある整った印象だ。僕を見つめる眼差しは優しく穏やかそうな感じがした。多分僕よりもいくつか年上なのだろう。  いや、そんな服装や年齢などいまは正直どうでもいい。僕が驚いているのはそこではない。

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