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第923話 別離 7-2
「どうかしましたか?」
不思議そうな顔で僕に問いかけられた声を改めて聞いて、僕はびくりと肩を跳ね上げてしまう。目の前に立つその人は、驚くほど藤堂に似ていた。いままで会った中で藤堂に似ていると言えば、生徒会にいる柏木くらいだったが、その比ではない。目の前の人は姿も似ているが声もそっくりだ。
藤堂がもう少し大人になったら間違いなくこの人のようになるのだろうなと、安易に想像できてしまうほど容姿が似ている。
「バス、来ましたよ」
驚きに固まっている僕に怪訝な顔一つせずに、その人は僕にパスケースを手渡してくれた。
「す、すみません」
「いえ、気をつけて帰ってください」
到着したバスは乗降口を開いたまま僕を待っている。早く動かなければと思うのに、僕の動きは鈍かった。終いには「乗らないんですか」と運転手に声をかけられる始末だ。しかし頭ではわかっているのに、足も動かず目も離せない。
「すみませんが、出発していただけますか」
「え?」
もたもたとして立ち尽くしているあいだに目の前にいる彼がバスの運転手に声をかけた。そしてしばらくすると背後でバスはゆっくりと発進し走り去っていった。
「気分でも悪いのですか?」
「あ、いえ、その」
どうやら具合が悪くて動けないのだと勘違いをされたようだ。慌てて首を振ったが遠慮していると受け取られたのか、近くのベンチまでそっと背中を押されてしまった。しかしここで立ち止まった理由を言えるはずもなく、大人しくベンチに座ることにした。
それにしてもこんなにも似ている人がいるのだなと、目の前に立つ彼を見上げてしまった。そういえば間宮の奥さんが僕にそっくりだった。世の中には似ている人間が三人はいるとよく言ったものだが、あながち嘘ではないのかもしれない。
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