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第925話 別離 7-4
「いえ、怪我は順調に回復しているんですけど、少し色々ありまして」
「そうですか、入院中はナイーブになりがちだったりもしますしね」
「あ、お見舞いですか?」
なんだか感慨深げに語るその様子に首を傾げたら、ほんの少し困ったように彼は笑った。そして僕の隣に腰かけると肩を落としてため息をついた。
「実は兄の子がここに入院しているのですが、会ったばかりのせいもあってか警戒されているんです」
「会ったばかり?」
「最近になって兄からの手紙を預かりまして、息子がいるから会って欲しいと言われて日本に来たんです」
「そうなんですか」
どうやら話を聞くところによると、普段は海外に住んでいて滅多に日本へは来ないのだと言う。彼は外資系の食品メーカーに勤務していて、今回は仕事の関係で日本にやってきたらしい。せっかくのいい機会だからと甥に会いに来たものの、初めて会う彼はなかなか打ち解けてくれず警戒をされているようだ。
「橘、時雨さん」
挨拶代わりに名刺をもらった。視線を落としたそこに書かれている社名は有名な会社で、僕でも名前を知っていた。聞けば二人に一人は知っていそうなお菓子を取り扱っていて、確か美味しいと評判の洋菓子店がこの会社の系列だった気がする。
海外はもちろんのこと、日本にある支社もかなり大きな会社だった。
「どうぞ時雨と呼んでください。私は苗字で呼ばれるのはあまり好きではないので」
「時雨さん、僕は佐樹です。西岡佐樹」
海外の生活が長いと言うことはファーストネームで呼び合うことのほうが多いのかもしれない。勧められるままに名前を呼んだら、時雨さんは嬉しそうに目を細めて笑った。その笑みに思わず胸を高鳴らせてしまったのは、致し方ないところだろう。だけど自分の気の多さに少し呆れてしまった。
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