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第926話 別離 8-1

 まっすぐと目を見て話す人だから、視線が絡むたびにドキドキとしてしまう。慌てて目をそらして俯くけれど、小さく笑うその雰囲気がまた藤堂に似ていて思わず顔を上げる。先ほどからそれの繰り返しだ。はっきり言って挙動不審で怪しいことこの上ない。  それでも訝しむ顔などせずに時雨さんは僕を見つめる。そういう優しいところも藤堂みたいだと、やっぱり少し重ねて見てしまった。 「佐樹、素敵な名前ですね。佐樹さん」 「あ、いや、あの……佐樹で、佐樹でいいです」  さりげなく名前を呼ばれて一気に顔が熱くなった。藤堂に名前を呼ばれている気分になってしまい、心臓まで思いきり跳ね上がり胸の鼓動がかなりうるさい。話をして藤堂とは違う人なんだと言う認識がちゃんとできているのに、この声は想像以上に破壊力がある。早鐘を打つ心臓をそっと抑えて息をつくと、僕はこっそりと深呼吸をした。 「佐樹はいつもお見舞いに来ているんですか?」 「はい、実はいま僕も怪我をしていて仕事を休んでいるんです。なので休みなのをいいことに毎日ここに来ています。さすがに毎日は来過ぎかなとは思ってはいるんですけど」  僕の右腕の怪我も順調に回復している。いまでは三角巾も取れて、一見しただけでは怪我をしているようには見えないだろう。まだ無理はできないが、学校のほうも予定では週明けに復帰することになっている。二週間以上も休むことになってしまい、授業は小テストばかりになってしまった。けれど時折、同教科の木野先生が授業を見てくれているようで、授業の様子や生徒の様子を報告してくれる。休みが明けたらお礼を兼ねてなにか手伝いをさせてもらおう。 「佐樹が毎日見舞いに来てくれたら嬉しいですけどね」 「え?」 「いえ、長い入院ですと退屈しますし、来てくれるだけで気分転換になると思いますよ」 「そうだといいんですけど」  藤堂がなにも言わないのをいいことに毎日通いつめているが、気分転換になっているだろうか。思い悩んでいることもまだ解決していないようだし、少しでも力になれたらいいのだけれど。当の本人はまったく口を開いてくれない。

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