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第928話 別離 8-3
「確かにそうですね。父と母も多分きっと私のようにあの子を目にしたらとても可愛がるでしょう。私たちに黙っていたことに腹を立てて孫には会わないなんて言ってましたが、すぐに気が変わりそうです」
兄の子供を可愛がる両親を想像したのか、時雨さんは表情を和らげて優しく微笑んだ。やはり孫ともなると気持ちは大きく揺れるのだろう。会いに来なかったことをきっと後悔するはずだと、時雨さんは少し意地悪く笑った。
「叶うなら兄と一緒に連れて帰りたいですね」
「お兄さんと離れて長いんですか?」
「ええ、私が十歳になった頃に、家を離れてしまいました。もう二十五年は経ちますね」
「そうなんですか、それは長いですね」
生まれも育ちも海外の時雨さんとは違い、時雨さんのお兄さんは家族のもとを離れて日本でずっと暮らしているようだ。幼い頃に日本に来て以来、海外よりも日本の生活に馴染んで母方の祖父母のもとで暮らすようになったらしい。
しかし普段はしっかりしているお兄さんには欠点があるのだと言う。真面目だけれどひどくおっとりしたところがあるお兄さんは、手紙やメールを忘れるだけではなく寝食も忘れるような人らしい。なので家族は彼のことをいつも気にかけていたようだ。
「手紙をもらった時は正直驚きましたが、私からしてみればあの人だったらありえない話じゃないなって思いました。薄情な人ではないけれど、私たち家族のことを忘れてしまいがちな人だったので、手紙をくれただけでもよしと考えなければ。まあ、もう少し早く知らせてくれてもよかったんじゃないかとは思いましたけど」
「目の前のことに一生懸命になり過ぎる人、なんですね」
「そうなんです。私たちのことだけじゃなくて、自分のことも後回しにしてしまう困った人です。いつもそれで私たちは驚かされてばかりですよ」
困っていると言いながらも時雨さんも目は優しかった。きっと家族仲がよくて、離れていようとも愛情にあふれた家庭なのだろうなと想像がついた。
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