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第929話 別離 8-4

 お兄さんも子供に会って欲しいと言うほどだから、そんな家族のことを大事に思っているに違いない。ますます時雨さんが甥と仲よくできればいいなと思ってしまった。 「頑張ってくださいね」 「そうですね、兄のためにも努力しようと思います」  至極優しい笑みを浮かべた時雨さんは、ほんの少し眼差しを遠くへ向けた。その横顔をじっと見つめれば、僕の視線に気がついた時雨さんがやんわりと微笑んだ。その笑みは藤堂とはあまりに似ていない笑い方だった。 「紅茶ごちそうさまでした。話を聞いてもらって少し落ち着きました」 「いえいえ、どういたしまして。こちらこそなんだか色々と話を聞いて頂いてありがとうございました」  二人でしばらく話し込んでしまったが、そろそろ次のバスも来るだろうと僕はベンチから立ち上がった。するとそんな僕の気持ちを察してくれたのか、時雨さんも僕に習うようにして立ち上がる。そして僕の手から空き缶を受け取ると背後を指差した。 「バスが来ますよ」 「ありがとうございます」  指差されたほうを振り返るとバスがこちらに向かい近づいてくる。今度こそバスに乗ろうと僕は鞄からパスケースを取り出した。 「また会えたらいいですね」 「そうですね」  次にいつ時雨さんがここへやってくるのかわからないけれど、ぜひその後の話など聞いてみたいものだと思った。 「時雨さん、ありがとうございました」  バスが停留所の停まったのを見計らい僕は深々と頭を下げた。そんな僕に時雨さんは優しい眼差しで微笑み返してくれる。バスが発車するまで見送ってくれる時雨さんに車内から会釈をして返すと、彼はそれに片手を上げて応えてくれた。

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