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第930話 別離 9-1
バスと電車を乗り継いで最寄り駅に帰りついたのは日の暮れた頃だった。冷蔵庫の中身を思い出しながら近くのスーパーで買い物をして、マンションについた頃には外灯に明かりが点っていた。そして随分と日暮れが早くなったものだなと思いながら、郵便受けを覗いていたら背後に人の気配を感じた。
「こんばんは」
突然かけられた声に身構えてしまった。けれど振り返ってその姿を確認すると僕は安堵の息を吐いた。あの事件以来、ひと気のないところで見知らぬ人に遭遇すると緊張するようになってしまった。
「こんばんは、まだなにかご用ですか」
胸をなで下ろす僕を見ているのは、もう数回顔を合わせ覚えた顔だった。野崎さんと館山さん――警察の人だ。僕の問いかけに野崎さんは「少しお時間よろしいですか」と答える。特にもうこちらが話すこともないが、まだなにか確認をしたいことがあるのだろう。時間がないと言ったところでまたやってくるのだ。追い返すよりも話を聞いて帰ってもらうほうが早い。
「もしよかったら、部屋のほうへどうぞ」
幸い母親も実家へ帰って家には誰もいない。事件の話を聞かせて余計な心配をかけることもないだろう。小さく頭を下げる二人を僕は部屋に招き入れることにした。
「お母さまはいらっしゃらない?」
「もう腕のほうもだいぶ動かせるようになったので帰りました」
こちらを窺うような野崎さんの声に、僕は右腕を持ち上げて経過は良好であることを伝えた。
そういえば前に来た時は母親がいるからと手短に話を済ませたのだった。わざわざ確認するということは今日は話が長いのだろうか。そんなことを考えながら、僕は乗り込んだエレベーターの閉ボタンを押した。
「お加減よくなったようでなによりです」
本当にそう思っているのか、正直わからない単調な声音だったけれど「ありがとうございます」と返して僕は前を向いた。それから後ろに立つ二人は特に口を開くこともなく僕のあとに続いた。
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