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第954話 別離 15-1

 あの日のことはいまでも覚えている。藤堂に再会した日だ。僕はまだ思い出していなかったけれど、あの日の藤堂にすごく惹かれた。優しい眼差しも声も手も仕草も、どれも忘れられない。抱きしめてくれたぬくもりさえ思い出せる。  あの晩の僕たちを知っているのは、僕と藤堂、あとは渉さん。そしてもう一人は――。 「ミナト、くん」 「え? なんで俺の名前知ってんの?」  記憶を掘り起こして見つけた名前を呼ぶと、青年――ミナトは目を見開いて驚きをあらわにする。あれから二年半ほどか、僕の記憶にあるミナトと目の前のミナトは印象がだいぶ違って見える。  あの当時は髪は肩先まであり、キラキラとした金髪だった。アクセサリーも首や指にたくさんついていて、派手目なブランド物のスーツやコートに身を包んでいた。けれどいまの彼はふわふわとした柔らかいオレンジブラウンの髪で、ゆるく目もとにかかる前髪が少し色気を含んでいて大人っぽい雰囲気をまとっている。着ているものもブラックデニムにVネックの真っ白なセーターにライトグレーのガウン。  見た目や装い、話し方や雰囲気もあの頃とは全然違うし、顔つきもツンとしたところがなくなり、落ち着いた穏やかそうな顔立ちをしている。一度会ったきりだし、言われなければずっと気がつかなかっただろう。 「あ、あの時、藤堂が呼んでたから」 「ふぅん、ユウって藤堂って言うんだ」 「ああ、うん」  あれからのことは藤堂から聞いたことがない。過去はいらないといったのも自分だし、藤堂もそんなに聞いて欲しい話ではないだろうと思ったから。けれど気にならないと言ったら嘘になる。いまこうして過去の登場人物であるミナトが現れて、胸が少しはやる。 「ねぇ、いまからうちにおいでよ。いまのユウの話聞かせて」 「え? いや、でも」 「あ、俺、このすぐ傍で店やってんの。あとで駅まで送ってあげるからさ」  人懐っこい笑みを浮かべて僕の手を引くミナトに、はっきりとした否定の言葉が告げられなかった。少し期待している。僕がたどり着けずにいる藤堂の行き先がわかるような気がして、気づけば手を引かれるままに歩き出していた。

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