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第955話 別離 15-2
すぐ傍だと言っていたミナトの店は二、三分ほど歩いた先にあった。地下一階にあるそこは定員七名ほどの小さなカウンターバーだった。シックな黒とグレーで統一された店内はオープン前だからか明るい照明に照らされている。慣れた様子で縦長の店内を進み、カウンターに入ったミナトは片手に提げていたビニール袋をキッチンと思しき場所に置いた。
「適当に座って、なに飲む? なんでも作るよ」
「あ、飲めないからソフトドリンクで」
「そうなんだ。じゃあ、オレンジジュースとかでいい?」
小さく首を傾げたミナトに頷くと、彼は足元にある扉を開いてガラスのボトルに入ったオレンジジュースを取り出した。その様子を見ながら彼の前にある椅子に腰かけると、タイミングよくグラスに注がれたオレンジジュースを差し出される。
「ありがとう」
「生のオレンジだからおいしいよ」
しぼりたてだからと笑うその表情につられてグラスを口にすると、甘いオレンジの香りと共にほどよい甘さが喉を通り過ぎていった。それは酸味がほとんどなく、市販の百パーセントオレンジとは違う舌に甘味がふわりと絡むような味わいだ。
「おいしい」
「そう、ならよかった」
「店は新しい感じだな。一人でやってるのか?」
広いとは言えない店内だけれど、隅々まで手入れが行き届いていて埃一つ見当たらない。床や壁も綺麗に磨かれていて、まだ真新しさを感じる。
「八月にオープンしたんだ。いまはバイトと二人でやってるよ。お喋りしにくるお客が多いからね」
「へぇ、そうなのか」
飲みに行くということはほとんどないので詳しくないが、こういったこぢんまりとしたお店は一人や二人で来て店主と話をするのが楽しみなのだろう。いまのミナトは人好きする雰囲気だし、一緒にいて和やかな気持ちになる。
「それにしても偶然だね」
「あ、ああ、そうだな」
しかしあれから藤堂とミナトはどうしたのだろう。あの時は付き合っているように見えた。けれどさっき僕を見て、藤堂が追いかけた人といったのが気になって仕方がない。
「お兄さん素直だね。顔に出てるよ。あのあとどうしたんだろうって」
「あ、悪い」
僕のために別れたのならいいのに、いまそう思っていた。それが顔に出ていたのか。なんて僕は強欲なんだろう。藤堂のこととなるとどうしても気持ちがねじ曲がってしまう。
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