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第959話 別離 16-2

「あれ、なにかあった?」 「ちょっと、色々とあって」  表情を曇らせた僕にミナトは心配そうな顔をする。しかしどう答えていいものか言葉を選んでしまう。いまここで込み入った事情は話せない。けれど昔のことを知っている彼なら、僕の知らない藤堂の交友関係を知っているはずだ。そうしたらなにか行き先の手がかりが見つかる可能性もある。いまは不安になって尻込みしている場合ではない。知りたいのなら踏み込むべきだ。 「あのさ、詳しくは話せないんだけど、藤堂が頼るような知人を知らないかな」 「え? ユウが頼るような人? うーん、誰かなぁ?」 「どんな些細なことでもいいから知りたいんだ!」 「あ、うん。……ちょっと待ってて、俺のお客さんユウのこと知ってる人も多いんだよ」  思わず身を乗り出してしまった僕に驚いた表情を浮かべたけれど、ミナトは嫌な顔一つせずに頷いてくれた。そして背後にあるガラス戸のついた吊り棚からファイルを取り出すと、それに一ページずつ目を走らせていく。 「このあいだユウの話題が上がった気がするんだけど」  ファイルの中身はどうやら名刺のようで、ミナトはそれを見ながらお客との会話を思い出しているようだ。考え込むような仕草をしてミナトは真剣に名刺を見つめている。なにか藤堂に関する収穫があればいいのだけれど。 「荻野さんじゃない?」 「え?」  ふいに静まり返っていた空間に聞き慣れない声が響き、思わず肩が跳ね上がってしまった。驚いて声がしたほうへ視線を向けると、カウンターの奥――店のバックヤードだろうか。そちらから背の高い黒髪の青年が近づいてきた。黒のスラックスにベスト、白いシャツという格好をしているところを見ると、先ほどミナトが言っていたバイトの子だろうか。 「あ、貴也。おはよう」  貴也と呼ばれた青年は華やいだ笑みを浮かべるミナトに、口を引き結んだまま小さく頷く。けれどそんな反応はいつものことなのか、ミナトは嬉しそうに手を伸ばし貴也の腕を捕まえた。 「ねぇ、貴也。荻野さんって誰だっけ?」  引き寄せた腕にもたれかかりながら、小さく首を傾げてミナトは貴也の顔を上目遣いで覗き込んだ。しかしどことなく色気すら感じさせるミナトの仕草にも、貴也は顔色一つ変えずに淡々と言葉を紡ぐ。

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