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第960話 別離 16-3
「一昨日、常連の小林さんが奈智さんが帰ってきてるって」
「あ、ああ。奈智さんね。あ、そっかそんな話してたね。覚えてる覚えてる」
「ほんとかよ」
少しばかり無表情な貴也の態度は一見すると素っ気ないと思えるくらいだけれど、ミナトはまったくそれを気にしていないのか腕に抱きつき肩に頬を寄せている。
「あ、この子! さっき話した、いまの彼氏で貴也」
「ああ、うん。そうかなって思ってた」
少し慌てたようにミナトは僕を振り返ったが、予想はできていた。ただのバイトにしてはお互いのパーソナルスペースが近過ぎる。それにちょっとあの頃の藤堂とミナトを思い出した。いまの彼氏には悪いけれど、きっとミナトは藤堂みたいなタイプが好きなんだな。
「またユウに関係あるお客さん?」
無意識に見つめてしまっていたらしく、こちらを振り返った貴也と視線がバッチリと合ってしまった。その瞬間、きつい目で睨まれたような気がする。少し胸の辺りがひやりとした。
「そんなに怖い顔するなよ。話のネタだし、いまはお前一筋だし、それにこの人ユウの彼氏……だったよね?」
「なんだよその疑問系。知らない奴を気安く店に入れるなよ」
「あれ? そういえばちゃんと聞いてなかった。なにさんだっけ?」
言われてみれば確かに名乗ってもいないし、藤堂との関係も話していなかった。こちらもうっかりしていたが、ミナトのうっかりはもしかしたらいつものことなのかもしれない。首を傾げるミナトに貴也は呆れを含んだ大きなため息を吐き出した。
「お前は」
「……貴也待って、苦しいし痛い」
「反省してない」
「してるしてる。毎日してるー」
深いため息を吐いた貴也は片腕でミナトの首を絞め上げると、もう片方の拳でこめかみをぐりぐりと擦り上げた。貴也はあまり感情が表に出ないタイプなのかもしれないけれど、なんとなく怒っているのがひしひしと感じとれる。深く考えなくても恋人に昔の男の話をされるのは気分がいいものではないだろう。
話を聞く限りだといまもまだミナトはよく藤堂の話をしているみたいだし、僕と同じようにまだ気持ちが残っているかもしれないと思っていたら、気が気ではないはずだ。
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