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第961話 別離 16-4
「あ、僕もうっかりしてたし、悪かった! 西岡佐樹です!」
ギブっと叫ぶミナトに思わず助け舟を出していた。店内に響いた僕の声に二人の視線が集中する。
「西岡さん、ユウの彼氏だよね?」
「ああ、うん」
じっとまっすぐに視線を向けられて、改めて聞かれると少し胸がざわついた。いまのこの状況で頷いていいのかとまた不安になる。けれど否定することは絶対にしたくないと思っている自分もいた。
藤堂は僕になにも告げずにいなくなったけれど、まだ僕たちの想いは繋がっているはずだ。それにそう思わなくちゃ、僕は足元から崩れ落ちてしまいそうになる。
「あのさ、もしかして仲違いして困ってるとかじゃないよね?」
「あ、いやそういうことじゃない」
「それならいいんだけど」
不安が顔に出てしまっていたのか、ミナトが少し困ったような顔で僕の顔を見る。しかしこれは仲違い、したわけではないだろう。そもそも仲違いをする隙もなくいなくなってしまったから、なにもわからないことが不安なんだ。僕はまだなにも教えてもらっていない。退学届のことも、事件の真相も、どうして急にいなくなってしまったのかも。
「さっき名前が出た荻野奈智さん。この人ならユウが頼るんじゃないかなって思うんだけど。ほんとに仲違いしてるわけじゃないんだよね?」
「ああ」
何度も大丈夫だよねと念を押して聞かれる。けれどなぜだろうという疑問はすぐに解消された。
「それなら言うけど、この人はユウが一番初めに付き合ってた人。ユウを店に連れてくるようになったのも彼だし、あの頃は絶対的な信頼を寄せてる相手だったと思うよ」
「そう、なんだ」
想像以上のこと聞かされて、なにもうまい言葉が出てこなかった。胸が締めつけられるように痛んで、少し息が詰まった。そしてじわじわと心の中に広がる焦燥――この焦りはいったいなんだろう。誰かに藤堂を盗られるだなんて考えたこともなかったけれど、その可能性が一パーセントもないという保証はどこにもありはしないのだ。それにいま気づかされたような気分だった。
踏み込んだ足で地雷を踏んだ気がする。全部を知ると言うことはこういうことなんだ。握りしめた手が震えてしまった。
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