961 / 1096

第961話 別離 16-4

「あ、僕もうっかりしてたし、悪かった! 西岡佐樹です!」  ギブっと叫ぶミナトに思わず助け舟を出していた。店内に響いた僕の声に二人の視線が集中する。 「西岡さん、ユウの彼氏だよね?」 「ああ、うん」  じっとまっすぐに視線を向けられて、改めて聞かれると少し胸がざわついた。いまのこの状況で頷いていいのかとまた不安になる。けれど否定することは絶対にしたくないと思っている自分もいた。  藤堂は僕になにも告げずにいなくなったけれど、まだ僕たちの想いは繋がっているはずだ。それにそう思わなくちゃ、僕は足元から崩れ落ちてしまいそうになる。 「あのさ、もしかして仲違いして困ってるとかじゃないよね?」 「あ、いやそういうことじゃない」 「それならいいんだけど」  不安が顔に出てしまっていたのか、ミナトが少し困ったような顔で僕の顔を見る。しかしこれは仲違い、したわけではないだろう。そもそも仲違いをする隙もなくいなくなってしまったから、なにもわからないことが不安なんだ。僕はまだなにも教えてもらっていない。退学届のことも、事件の真相も、どうして急にいなくなってしまったのかも。 「さっき名前が出た荻野奈智さん。この人ならユウが頼るんじゃないかなって思うんだけど。ほんとに仲違いしてるわけじゃないんだよね?」 「ああ」  何度も大丈夫だよねと念を押して聞かれる。けれどなぜだろうという疑問はすぐに解消された。 「それなら言うけど、この人はユウが一番初めに付き合ってた人。ユウを店に連れてくるようになったのも彼だし、あの頃は絶対的な信頼を寄せてる相手だったと思うよ」 「そう、なんだ」  想像以上のこと聞かされて、なにもうまい言葉が出てこなかった。胸が締めつけられるように痛んで、少し息が詰まった。そしてじわじわと心の中に広がる焦燥――この焦りはいったいなんだろう。誰かに藤堂を盗られるだなんて考えたこともなかったけれど、その可能性が一パーセントもないという保証はどこにもありはしないのだ。それにいま気づかされたような気分だった。  踏み込んだ足で地雷を踏んだ気がする。全部を知ると言うことはこういうことなんだ。握りしめた手が震えてしまった。

ともだちにシェアしよう!