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第967話 別離 18-2

「だけど、恋人を置き去りにするようなことはするべきじゃない。ちゃんと怒ったほうがいい」 「ああ、そうだな。それは叱らなくちゃ駄目だよな」  色んな理由があると推測はできるが、まずはなにも言わずにいなくなったことは怒ってもいいだろう。こんなに心配させたのだから、一言くらい文句を言っても罰は当たらないはずだ。  大きく頷いた僕を見ながら貴也は微かに口元を緩めて笑った。そして湯気立つカップをカウンターに置いて、僕の前へとすべらせる。 「ありがとう」  差し出されたカップを手に取り持ち上げると、柔らかい珈琲の香りが鼻先に広がりほっと息がついてでる。気持ちが落ち着く優しい香りだ。そっと口に運べば、ほろ苦いまろやかな味が口の中を満たした。 「お互い遠慮ばかりしていてもいいことない」 「そうだな。僕たちにはもう少し話し合いが必要だ」  お互いのことは話してきたつもりだったけれど、どこかにまだ遠慮があったのかもしれない。傷つかないように、傷つけないように、深い場所へ立ち入ることをしてこなかった。多分なにかの拍子に繋いだ手が解けてしまうのが怖かったんだ。  けれどこんな風に離れてしまうくらいなら、言い争いするくらいに本音でもっとぶつかりあえばよかった。そうすれば藤堂も一人で抱え込むことはしなかったかもしれない。 「まだ間に合うかな」 「遅くはないと思うけど」 「うん、そうだよな」  出会ってから時間は過ぎたけれど、僕と藤堂はまだ始まったばかりだ。これからなのだから遅くはないと信じたい。 「そういえば、荻野さんってどんな人?」  まずは現実問題から目を背けないことから始めよう。そう思い避けたい話題をあえて聞いてみた。僕から聞くのはやはり意外だったのか、貴也は少し驚いた顔をした。 「……俺は実際会ったことない。けど話でなら聞いたことある。人付き合いが上手な、大らかで明るい楽しい人だって」 「ふぅん、そうなのか」  きっとそこにいるだけで人を惹きつけるような、華やかさがある人なのだろうなと思った。例えるならば峰岸のようなタイプの人だろうか。人付き合いがうまいと言うことはきっと気配りができる人なのだろう。気遣いのできる優しい人か。ちょっと僕とは反対な人だな。

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