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第988話 別離 23-3
「目先のことよりその先のほうが大事だし」
藤堂が卒業してからのほうが心配かもしれない。無事に専門学校には行けるようになるのだろうか。それに両親の離婚問題も解決していないし、藤堂はどんな選択をするのだろう。なにか考えがあるようだったけれど、その話も気になる。
「それは会ってから聞けばいいか」
いまそんなことを考えても仕方がないと、肩をすくめて僕は一歩前へ足を踏み出した。
約束していた店は裏路地にひっそりとある看板のない店だった。軒先に萌葱色ののれんが掛けられていて、そこに小さく店の名前が書いてある。事前に地図を確認していなければ、通り過ぎてしまいそうな店構えだ。
「間に合った」
余裕を持って家を出たけれど、店に着いたのは十九時少し前だった。行き先は一駅先だというのに、乗り合わせた電車がトラブルで長らく止まってしまったのだ。降りられればよかったのだが、電車が少し走りだしてから急停車をしたので閉じ込められる形になってしまった。
駅からかなり全力で走り息が上がっている。入り口の前で深呼吸を繰り返し息を整えると、格子戸を引き開けてのれんをくぐった。
「いらっしゃいませ」
戸の向こうにある店内は思ったよりも明るかった。入った店の正面には十人くらいが座れる白木のカウンターがあり、その中に真っ白な調理服に和帽被った人がいた。カウンターの中には同じ服装の人が三人ほどいるけれど、こちらを見て声をかけてくれたのは中年の料理長といった風情の人だ。
「女将お客様だ」
「いらっしゃいませ。お客様ご予約は?」
緊張して固まっている僕のところに、桜色の着物を着た綺麗な女性が近づいてきた。かけられた声に我に返って振り向くと、穏やかな笑みを浮かべた女将と呼ばれた人が僕の返事を待っている。
「あ、荻野さんと待ち合わせをしているのですが」
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