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第990話 別離 24-1

 目の前でやんわりとした笑みを浮かべている彼は、年下だろうと思うのだが落ち着き構える姿は自分より下とは思えない。僕が年相応の落ち着きを持っていないことが一番の要因かもしれないが、それにしても堂々たる佇まいだ。 「遅くなってしまい申し訳ありません」 「いえ、時間通りですし。電車が止まっていたんですよね?」 「あ、はい」 「女将が電車が動いていないから遅れるんじゃないかって言っていたんですよ。急いできてくださったんですね」  初めて会う相手が時間ぎりぎりにやってきたというのに、嫌な顔一つせずにさらりと相手を立てることができるなんて、人としてのスキルが高過ぎて思わず気後れしてしまう。そもそも時間を作って欲しいと言ったのはこちらなのだ。それなのに紳士対応過ぎて困る。 「なにを飲まれますか?」 「あ、僕はお酒が飲めないのでウーロン茶でいいです」  さりげなくお酒のメニューを勧められたが、僕は首を振りとりあえずどこにでもありそうな飲み物を頼んだ。こんなところで遠慮してお酒をひと舐めでもしたら話どころではない。 「そうなんですか。ここは日本酒や焼酎などの種類が豊富なんですが、俺だけ飲ませてもらって構いませんか?」 「もちろん、どうぞ」 「食事はまだですよね? 好き嫌いとかありますか?」  彼が話しだすと、不思議なほどとんとんと会話が流れていく。言葉に詰まって無言になることがないし、かと言って話を無理矢理に持っていく強引さがあるわけでもない。いつの間にか年齢や職業、住んでいる場所まで答えている自分がいて、このまま行ったら家族構成まで話してしまいそうだなと思った。  普段は緊張して箸も進まないだろう料理も、なんだかんだと話に乗せられるまま食べている。これは本当に人と接するのに慣れているのだな。もしくは天賦の才能だ。きっと仕事なんかもできる人なのだろう。 「西岡さんみたいな先生だったら、学校をサボろうとか思わないですねきっと」  席についてどのくらいが過ぎただろう。にこやかな笑みで日本酒を五合ほど空けているが、荻野さんは顔色も言動も最初とまったく変わりがない。

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