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第994話 別離 25-1

 部屋の中がしんと静まり返ってどのくらいの時間が過ぎただろう。足にしびれが来るくらいだから、もう十分以上は過ぎたかもしれない。けれど僕も荻野さんも衣擦れの音一つさせることなく、この静かな空間で口を閉ざしている。けれどずっと視線は感じていた。じっと僕を見つめる視線。それはなにを思い見ているのかわからないけれど、さながら審判を待っているような気分だと思った。  ここで頷いてもらえなければ死刑が確定、藤堂には会えなくなる。話している限り荻野さんは藤堂の行方を知っているようだし、彼以外に知っている人物を探すのは僕には困難だろう。そう思うと下げた頭は上げられない。しかしずっと身じろぎ一つしなかった荻野さんが、急に小さなため息と共に立ち上がった。 「荻野さん!」  このままでは部屋を出て行ってしまうと、僕は思わず頭を上げてしまった。彼はふすまの前で立ち止まり、僕をゆっくりと振り返った。こちらを見るその表情から心の中は覗けない。失敗してしまっただろうか。焦りで一気に身体が冷えていく。追いすがりたい気持ちを抑えてぎゅっと手のひらを握ると、また荻野さんは小さなため息をついた。 「俺の一存では居場所は教えられません」 「え、それは」 「優哉の面倒を見ているのは俺ですが、保護しているのはまた別の人です」 「じゃあ、その人に連絡を取ってもらえるんでしょうか」  一存では教えられないという言葉の裏を返せば、もう一人の相手に連絡をしてもらえるということではないのか。期待をしてもいいということだろうか。じっと荻野さんを見つめたら、少し居心地の悪そうな表情を浮かべる。しかし浮き上がった気持ちを抑えることができるはずもなく、僕は荻野さんから視線を離せなかった。 「待っていてください。連絡を取ってみます」 「ありがとうございます!」  相変わらずのため息交じりだが、荻野さんは僕の顔を見て小さく笑った。それは蔑むようなものではなく、思わずこぼれたような笑みだった。

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