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第998話 別離 26-1

 先ほどまでどこか突き放すような雰囲気を醸し出していたのに、急に荻野さんの距離が近くなったようなそんな気がした。しかし今回の会食は僕という人間の品定めだったのだろうと思えば、いまの態度の変化も頷ける。僕への警戒を解いてくれたと言うことなのだろう。 「あの、藤堂には会えますか?」 「それについてですが」  少しは荻野さんと和解ができてきた気はするが、なによりも肝心なのは藤堂に会うことだ。まだその答えをもらっていない。そんな不安を抱えた僕の視線に荻野さんが口を開きかけた、それと同時かふすまの向こう側から女将の声が聞こえた。 「荻野様、お車が到着しました」 「わかりました、すぐ出ます。西岡さん行きましょう」 「え? あ、はい」  返事と共に立ち上がった荻野さんは僕に目配せをする。その視線に僕が慌てて立ち上がると、荻野さんはゆっくりとふすまを開いた。 「いつもありがとうございます」 「また来るよ」  ふすまの向こうでは女将がお辞儀をして待ち構えていた。そしてその場でコートと鞄を受け取ると、僕は女将と荻野さんのあとに続き店を出る。女将は店を出て裏路地を抜けた大通りまで見送ってくれた。大通りには黒い車が一台止まっていて、どうやらそれは僕たちを待っているようだった。 「優哉に会えるかどうかはこれからですよ。俺の主(あるじ)が西岡さんに会って話がしたいそうです」 「あ、藤堂を保護している人ですよね」  車に乗り込むと荻野さんは僕のほうを見て少し意味深な笑みを浮かべた。その笑みに含まれている意味がよくわからないまま首を傾げたら、荻野さんは急に僕の顔を真剣に見つめてきた。 「えっと、気難しい人なんですか?」  その視線に戸惑いながら問いかければ、小さく唸りながら荻野さんは目を伏せた。そして顎に手を置き、ひどく難しい顔をしている。その表情に僕は少し焦りを覚えた。 「え? そんなに?」  これから会う人は身近にいる荻野さんが考え込むくらい気難しいのだろうか。僕は正直言って気の利く話をできるタイプではない。話し合いがうまくいかなかったらどうしようかと、心の内に不安が広がる。 「荻野さん?」  藤堂まであと少しというところまで来たのに、こんなところでつまずきたくない。

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