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第1001話 別離 26-4

 そういえば最後に会った時に、もしも自分がいなくなったらどうするかと藤堂に聞かれた。あれはどういう意味だったのだろう。 「そろそろ着いたようですね」 「あ、ここは」  車がゆっくりと徐行して大きな建物の前で停車した。運転手が車を降りて後部座席に回るとドアを恭しく開いてくれる。荻野さんに続いて車を降りると僕は思わず建物を見上げてしまった。そこは至極見覚えのある場所――藤堂がバイトをしているレストランがあるシティホテルだ。 「優哉もここにいますが、その前に上にあるバーで主が待ってます」 「あ、はい」  ここにいるのかと思えば胸がはやる。しかしまずは第二関門を突破して、藤堂と会わせてもらう許可を得なくてはいけない。荻野さんの言う主とはどんな人なのだろう。気まぐれな人だと荻野さんは称していたけれど、どの程度の気まぐれさなのか少し気になる。気分次第によっては会えなくなるかもしれない可能性があるのが怖い。 「会わせてもらえるのかな」 「うーん、あの人は優哉に関しては過保護なくらいだから、正直言えば会わせる人もかなり厳選されています」 「……そうなんですか」  厳選される中に含めてもらえればいいのだが。なんだか会う前から気分が沈み込みそうだ。けれど藤堂が大事にされているのかと思えば、少しほっとした気持ちも心の隅に湧いてくる。 「大丈夫ですよ。会うって言ったくらいですから、西岡さんに興味があるんですよ」 「普段は人にあまり会わない人なんですか?」 「そうですね。公私ともに滅多に表には立たない人かな。それに興味がないことには完全なる無関心ですね」  裏表のないはっきりした人なのだろうか。想像だけするとなんだかとても存在感が大きい気がしてひどく緊張してしまう。しかしここで尻込みしていても仕方がない。藤堂に会うためにも僕は前に進むしかないのだ。それに関心が少しでもあるうちは僕にチャンスはある。  深呼吸をして気持ちを入れ替えると、僕はこちらを見ている荻野さんに頷いてみせる。僕の小さな決意を感じ取ってくれたのか、荻野さんは優しく微笑みエントランスへ向かい足を踏み出していく。僕はその背中をまっすぐに追いかけた。

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