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第1002話 別離 27-1
ホテルのエントランスを抜けエレベーターホールへと向かう。開かれたエレベーターの向こうは夜の闇に光が点り綺麗なものだったが、緊張がピークに達し始めた僕の目にはほとんど映らない。ぐんぐんと上昇していくエレベーターと共に緊張までもが高まっていくようだ。荻野さんに会う前の緊張など可愛いものだと感じるくらい僕は固まってしまっていた。そんな緊張が伝わったのか、隣に立つ荻野さんが背中をとんとんと軽く叩いてくれる。
「すみません」
「大丈夫ですよ。主は物腰の柔らかい人です」
顔がこわばっている僕を見て荻野さんは小さく笑い、何度も優しい声で「大丈夫」と囁いた。少しばかりあやされる幼子のような気分になってしまったが、それでも僕はその声に励まされるように前を向いた。
「そういえば、主と呼んでる方は荻野さんとどういった関係なんですか?」
「俺と主の関係ですか、そんなに珍しいものではないですよ。単なる社長と秘書です」
「秘書、ですか。社長とは呼ばないんですね」
「ええ、あの人が敬称を嫌がるので、普段はまた別の呼び名です」
肩をすくめて笑う荻野さんの表情を見ていると、主と呼ばれる社長さんは、ただの仕事のパートナーにしては距離が近く、なんとなくもっと親しい間柄のようにも感じられた。友人や家族、そのくらいの距離感だ。
「あの、藤堂は荻野さんを頼ってきたんですか?」
そんな二人の元にどんな理由があって藤堂はやって来たのだろう。やはり昔馴染みの荻野さんを頼ったのだろうか。それとも二人が藤堂の元へやってきたのか。社長さんがどんな人かわからないので、その人がなぜ藤堂を保護する気になったのか、その辺りもよくわからない。
「それは……あとで主に聞いてください」
荻野さんが口を開きかけた時、ちょうどエレベーター内に到着音が響く。ゆっくり開いた扉の向こうは室内を照らす照明が淡く落とされ、青色を放つ間接照明が灯されている。
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