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第1004話 別離 27-3

 一歩一歩近づくうちに、こちら向けられている背中がはっきりと見えてくる。 「ん?」  近づいていくうちになにか不思議な感覚に捕らわれた。けれどそれがなんなのか、緊張の固まりであるいまの僕にはよくわからなかった。そしてわからぬまま、僕は席に辿り着いてしまう。テーブルと椅子は窓のほうを向いていたので、僕は椅子に座る人の斜め後ろに立った。そして小さく息を吸い込むと思いきって声をかける。 「あ、あの」  決死の覚悟で声を出したら思いきり上擦ってしまった。ひっくり返った自分の声に頬が熱くなり、思わず目を閉じて顔を俯けてしまう。相手がこちらを振り返った気配を感じたが顔を上げられなかった。心臓が急激に早くなって冷や汗が吹き出す。 「おや、どうしてここに?」 「え?」  聞こえてきたのは心底不思議そうな声。そして聞き覚えのある声だ。この声を聞き間違えることがあるとしたら、それは一人だけだ。声を聞いて先ほどの不思議な感覚がなんだったのか、その正体に気がついた。後ろ姿に至極見覚えがあったのだ。  僕は勢いよく顔を上げ、こちらを見ている人と視線を合わせた。 「時雨さん」 「佐樹、もしかしてあなたがそうなのですか?」  目の前で小さく首を傾げるのは藤堂によく似た面差しをしていて、そして聞き間違えてしまいそうなほどよく似た声をした人。藤堂が入院していた病院前のバス停で出会った、橘時雨さんだ。彼も僕を見て驚いているが、僕もまた驚きで戸惑っている。どうして時雨さんが藤堂と関わりがあるのだろうと、頭の中は疑問符でいっぱいだ。 「あの、時雨さん」 「立ち話はなんですから、座ってください」 「あ、はい」  立ち尽くす僕に時雨さんは優しい笑みを浮かべて隣の席を勧めてくれた。二つの椅子は横に並び、ハの字をした配置になっている。静かな空間で大きな声を出さずとも話し合える絶妙な距離感だ。勧められるままに空いた隣の椅子に腰かけると、時雨さんはもたれた身体を起こして僕の顔を覗き込むように身を屈めた。

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