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第1006話 別離 28-1
これはただの偶然にしては出来過ぎている。符合する二人。それを考えてふと時雨さんから聞いた話を思い出す。時雨さんの大事な子――それが藤堂であるならば、時雨さんの語っていた話となんとなく繋がる気がした。
「入院している甥っ子って、もしかして藤堂のことだったんですか?」
「そうですよ」
至極当然のように返ってきた答えに戸惑うけれど、別に時雨さんは隠しごとをしていたわけではない。お互い同一人物を見舞っていたことを知らなかっただけだ。
「ああ、そうか。そういうことだったんですね」
「え? なんですか?」
重くなりかけた雰囲気を打ち崩すように、時雨さんが突然なにやら楽しげに両手を叩いた。
「あの時、佐樹が可愛い顔をして私を見ていたのは、優哉と私を重ねていたからなんですね」
「え、かわ、えっ?」
ふいになにかを思い出したかのように僕を指さした時雨さんは、急にとんでもないことを言い出した。それに驚いて時雨さんから顔をそらしたら、伸びてきた指先に顎をすくわれる。
「私を一目見た時から頬を染めて、見つめてきたまっすぐな視線。私に脈があるのかと期待していたのにとても残念です」
「え? あ、あの、すみません」
あの時の僕はそんなに感情が顔に出ていたのだろうか。確かに藤堂と重なって変にドキマギさせられたが、あとのほうはだいぶ落ち着いて対応できていたと思っていたのに。
「謝られると失恋した気持ちになって傷つきますよ」
「失恋っ! からかわないでください」
「本気だったのですけどね」
満面の笑みを浮かべてそんなことを言われても戸惑うばかりだ。荻野さんが言っていた好みが云々という話は、冗談ではなかったのだろうか。本気だとしたらそれは大いに困る。
「佐樹に怯えた顔をされると良心が痛みますね。アプローチはやめておきます。優哉の大事な人ですし」
そっと顎に添えられた手が離れて、思わずほっと息をついてしまった。失礼な態度なのはわかっているが、やはり藤堂ではないと身体がこわばってしまう。
「佐樹そんなに緊張しないで、なにか飲みますか」
「飲めないので、水で大丈夫です」
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