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第1007話 別離 28-2
「ノンアルコールのカクテルにしましょうか」
流石に水はまずかっただろうか。小さく笑った時雨さんは片手を上げて店員を呼ぶと、なにやらよくわからない名前の飲み物を注文した。
「少しふざけてしまいましたが、話を戻しましょうか」
店員のほうを向いていた時雨さんがゆっくりと振り返る。その眼差しからは真剣な色がうかがえた。
「あの、時雨さん。以前聞いた話でわからないことがあります。藤堂の父親は五年前に亡くなっているはずなんですが、どうして連絡が来たんですか」
あの時聞いた話では、時雨さんのお兄さんは日本で生きているような口ぶりだった。だから僕は時雨さんと藤堂が結びつかなかった。兄から手紙が届いたから甥に会いに来たのではないのか。けれど五年も前に亡くなった人からの手紙はどうやって届くのだろう。
「あまり思い出したくないことですね、雅美 がもういないなんて」
「ミヤビさん?」
声のトーンが少し下がり、時雨さんは穏やかな表情を消して目を伏せた。どこか傷ついたかのような横顔だ。不用意な僕の発言で気分を害してしまっただろうかと横顔を見つめたら、時雨さんはすぐに優しい笑みを浮かべてこちらを振り向いた。
「ああ、兄のことですよ。そうですね、確かに五年前に兄は亡くなりました。けれど家族は全員まだ受け入れられていないのが現実です」
「そう、なんですか。もしかして連れて帰りたいって言うのは、遺骨を持ち帰りたいって意味ですか?」
「ええ、雅美は日本に骨を残して欲しいと言っていたので、持ち帰ることができなかったのです。私たちは死に際にも火葬にも立ち会えなかった。知ったのはすべてが終わったあとでしたよ。本当にあの人らしい」
だからあんな言い方をしていたのか。亡骸も骨も見ることもなかったから、まだ遠く離れた日本のどこかで生きているのだと、そう思っていたかったのかもしれない。話を聞いた時に愛されている人なんだなと思っていたが、ここまで深く想われているとは考えもしなかった。
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