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第1008話 別離 28-3

「雅美からの手紙は二通目の遺言でした。息を引き取る間際に残したもので、優哉が十八歳になったら私たちに渡すよう弁護士に預けていたようです」 「それでいま、なんですね」  遺言が開示されたのは藤堂の誕生日だろうか。五年が過ぎたいまでもまだ死を受け入れられていない家族にとっては、それは受け取りがたいものだったのかもしれない。知らされていない子供の存在に大いに戸惑ったことだろう。想いと現実の狭間で悩み、すぐに会いに来られなかったに違いない。だからいまなのだ。 「兄は勘が鋭いところがあったので、優哉になにかあると感じたのかもしれません」 「最後の夜に、藤堂は初めて実の父親に会ったそうです。その後に書かれた遺言なんでしょうか」 「おそらくそうでしょう。もう少し早く私が行動していればなにか違ったのかもしれませんが、過ぎてしまったことは変えられませんからね」  事件が起きるより前に時雨さんが藤堂の前に現れていたら、もしかしたらこんなことにはならなかったかもしれない。けれど時雨さんが言うように過ぎてしまったことを悔やんでも仕方がないのだ。いまは先のことを考えなくてはいけない。藤堂のこれからのことを話し合う必要がある。 「時雨さん……藤堂を、連れて帰るんですか?」  あの時はなに気なく聞いていたことだが、藤堂の言葉と照らし合わせると納得がいく。自分がいなくなったらどうするかと聞いてきた藤堂。甥を連れて帰りたいと呟いた時雨さん。二つの言葉がここで繋がってしまう。  けれど行き場所がなくて苦しんでいる藤堂を見たら、いますぐにでも連れ去りたいと思うだろう。愛おしいと感じた甥を前にそう思わないほうがおかしい。 「佐樹は離れていることができますか?」 「それは、正直いまはわかりません。けどきっと待つと思います」  すぐに頷ける距離ではない。些細な距離を離れているだけでも遠いと感じるのに、国外になればもっと見えないこともわからないことも増える。そんな中で過ごしていけるのか、それはいまよくわからない。でもどうしてもその選択しかないのであれば、僕は藤堂を待つだけだ。

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