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第1009話 別離 28-4

「そうですか。けれど優哉を見ていると佐樹と離れていられるとは思えない。しかし最終的には私の元へ来ることを選ぶと思いますよ」  離れていられないけれど、時雨さんの元へ行くことを選ぶ。それは僕が一番考えたくない結末ではないだろうか。離れるのではなく、別れるのだとしたら言葉の意味が理解できる。でもそれは理解しても飲み込みたくない答えだ。 「佐樹、そんな顔をしないでください」  そっと伸ばされた手は僕の頬に触れ、目尻を優しく撫でる。自分がいまどんな顔をしているのかすぐに想像できた。唇を引き結んだ僕は押し寄せてくる不安に負けそうだった。込み上がってくる感情をこらえるように俯いたら、指先は頭を撫でるように髪を梳いた。 「いま家には父と母、そして祖母がいます。父と母は最後まで反対していましたが、祖母は優哉に会いに行くよう私に勧めた人です。そんな彼女は高齢でもう先は長くない。けれどひ孫と一緒に暮らしたいと望んでいます」  そんなのは答えがもう決まっているようなものだ。小さなたった一つの願いを叶えたいと思う人を、どうして無下にできるだろう。藤堂だって愛おしいと愛情を持ってくれる肉親に会えて、嬉しいと感じないはずがない。本当の家族の元へ行くことが藤堂にとって大事なことなんじゃないだろうか。  けれど離れているのは我慢できても、別れる選択だけはしたくない。 「一年でも二年でも、いえ五年でも十年でもいい。いくらでも待ちます、待ちますから、藤堂に会って話をさせてください。ちゃんと彼の答えを聞かせてください」  曽祖母が亡くなれば、藤堂はまた日本に帰ってこられるのかもしれない。だけど人の寿命が終わるのを待ち望みたくはない。それに藤堂には幸せになって欲しいから、僕は離れて暮らすことを選んでもいい。いつか藤堂の心が落ち着いて、戻ってくる日まで何年でも待っていようと思う。そしてそれを自分に納得させるためにも藤堂と話がしたい。周りの言葉に振り回されて傷つくのはもう嫌だ。 「……佐樹」 「別れたくないんです。藤堂の答えを聞かないまま、なにかを飲み込むことはできません」  この先、一生かかっても藤堂より愛おしいと思える人にはもう出会えないと思う。

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