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第1016話 別離 30-1

 いまだ眉間にしわを寄せている藤堂の髪を指先で梳いて、手のひらで目元を優しく撫でる。何度も何度も撫でていると、次第に藤堂の表情が和らいできた。 「佐樹さん」  小さな声が僕の名を呼ぶ。まだ閉じられたまぶたは開かないけれど、僕の気配を感じているのかもしれない。僕のぬくもりが藤堂に届いているのだろうか。 「藤堂、僕はここにいるよ」  もう片方の手も伸ばして両頬を包む込むようにして撫でると、藤堂のまつげが微かに揺れた。そしてそれ同時か、握り合わされていた藤堂の手が解けて、その手が僕を力強く抱き寄せる。突然のことに思わず肩を跳ね上げてしまったけれど、その肩すら抱きしめられた。 「佐樹さん、行かないで」 「ちゃんといるから、ここにいる。藤堂、僕を見ろよ」  泣き出しそうなほどか細い小さな声は、うわごとみたいで目の前にいる僕がちゃんと見えていない気がした。身体が軋みそうなほど強く抱きしめられているのに、藤堂が感じられない。腕を伸ばし藤堂の頬を包み込むと、僕は引き結ばれた唇に口づけた。 「目、開けて。こっち見て」 「……佐樹、さん」 「ほら、ちゃんといるだろ」  伏せられていたまぶたが持ち上がり、揺れた瞳が僕を見つめる。その目をまっすぐに見つめ返して微笑めば、藤堂の瞳は驚きを宿したように大きく見開かれた。 「どう、して」  まだ思考がまだ夢の中にあるのか、藤堂は目をさまよわせて混乱しているようだ。けれど次第に瞳は光を取り戻していく。そしてはっきりと僕をその目に映した。 「うわっ」  急に藤堂は弾かれるように僕を突き放した。思いのほか強いその力に、僕の身体は後ろへひっくり返るようにして転がった。尻餅をついた僕は驚きをあらわに藤堂を見上げてしまう。けれど僕を突き飛ばした藤堂自身も驚いているのか、僕を見つめて固まったように動かない。 「急に来てごめん。藤堂にどうしても会いたくて」  突然現れた僕に戸惑っているのだろうか。もしかして僕には会いたくないと思っていたのか。けれどさっき確かに「行かないで」とそう言ってくれた。 「藤堂、会いたかったんだ」  身を起こし再び膝をつくと、僕はもう一度手を伸ばして藤堂の手に触れる。

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