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第1019話 別離 30-4
「僕に忘れろって言うなら、お前も忘れなくちゃ駄目だ」
僕の言葉に肩を震わせた藤堂の目が大きく揺れる。けれど感情をこらえるかのように藤堂は唇を引き結んだ。
「いいか、お互い忘れたら、それでさよならだ」
言葉にしただけで胸が痛くなる。でも感情を飲み込もうとした藤堂の口を割らせるには、こうでも言わなければ揺るがないだろう。俯き逃げないように頬を両手で挟み込むと、僕は藤堂を上向かせた。引き結ばれていた唇が微かに震える。
「いやだ……俺は、あなたを失いたくない」
その言葉と共にこぼれ落ちたものに僕は目を奪われた。瞬きもせずに僕を見つめる藤堂の瞳から、一筋こぼれ落ちたものに胸が締めつけられるほど苦しくなる。気がつけば両腕を伸ばし彼の背を抱きしめていた。
藤堂の涙を初めて見た。声もなく静かに涙をこぼす姿に胸が痛んで、僕まで泣きそうになる。
「馬鹿、泣くほど嫌ならもう忘れろとか言うな。そんなの絶対無理だから、僕はお前のこと忘れられない」
強く背中を抱きしめたら、藤堂もまた僕の背をきつく抱きしめた。お互いの存在を確かめ合うみたいに隙間がなくなるくらい抱き合えば、二つの鼓動が混ざり合うように響いた。
「お前が望むならなんでもしてやる。だからいくらでもすがってくれ。お前を守りたい」
いまだ涙をこぼす藤堂の頬に口づけたら、藤堂の唇が僕の唇を追いかけ優しく重ね合わされる。ついばむような小さな口づけだけれど、藤堂の想いが伝わるようで胸が熱くなった。
「離れたくない」
「なにがあっても僕はお前といるよ」
「……佐樹さん、助けて」
か細い絞り出すような藤堂の声が胸に突き刺さった。こんなにもボロボロになるまで一人で耐えていたのかと、込み上がる感情で喉が痛くなった。抱きしめても抱きしめても足りないくらいに、僕はこの傷だらけの男が愛おしくて仕方がない。もうこれ以上傷つけたくない。苦しむ姿は見ていたくない。
僕が彼にしてあげられることはなんだろう。抱きしめるだけじゃ駄目だ。僕たちの未来を、二人が幸せになれるように考えよう。どんな結末になっても僕は藤堂と共にある。それだけは絶対に変わらない。
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