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第1020話 別離 31-1
藤堂から発信された「助けて」の言葉は――初めてこぼれた彼の本心だ。もう限界だったのかもしれない。いまにも壊れてしまいそうな繊細な心が、ひび割れ軋みを上げていたのだろう。きっと砕け散る寸前だったに違いない。
僕を抱きしめて何度も「離れたくない」と泣いてすがる藤堂の背を抱きしめ返し、僕は必死で考えた。どうしたら藤堂のためになるのか、僕たちの最良の選択はどれなのか。
「藤堂はどうしたい?」
僕たちに与えられた選択肢は二つ。どちらかを選ばなくてはならない。それは簡単な答えではないからこそ、しっかりと僕たちはそれを選び取らなくてはいけないと思う。そしてなによりも藤堂が納得する形を選択したい。僕はもうすでにどちらの答えでも心構えはできている。藤堂が本心で選び取る答えを受け入れるだけだ。
「僕はどちらでも構わない。離れるのが辛いなら、一緒に行こうか。藤堂と一緒なら、僕はどこにだって行ける。新しい生活だって悪くないよ」
離れたくないとそう思ってくれるのなら、藤堂と二人で時雨さんの元へ行ってもいい。日常すべてが変わってしまうけれど、それは藤堂も同じことで、二人一緒ならば怖いことはない。
「……それは、できない。駄目だ」
「どうして? 僕は平気だ。向こうへ行ったからって二度と帰ってこられないわけじゃない」
「それでも、駄目なんだ」
首を大きく横に振り、しがみついていた腕を解くと、藤堂は僕の肩を押し離した。俯く顔を覗き込むように僕が顔を傾けたら、藤堂はまた首を左右に振る。その様子はひどく頑なで、きつく唇を引き結んでいた。
離れたくないと言っていたのに、どうして一緒には行けないのだろう。僕に日常を捨てさせることがやはりできないのだろうか。
「先生って言う職業は、佐樹さんの天職だと思う」
「え?」
「俺は、それを佐樹さんから奪うことは、したくない」
思いがけない言葉だった。藤堂が躊躇っている原因がそんなことだとは思いもよらなくて、僕は驚きに目を見開いてしまった。
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