1021 / 1096

第1021話 別離 31-2

 けれどいま藤堂は僕のことを尊重しようとしている。  天職――教師という仕事をそんな風に考えたことはなかったけれど、僕が精一杯にできる最良の仕事であるのは確かだ。藤堂に出会ってその楽しさも思い出した。そういえばこの道を決めた時、この先一生続けていく仕事なんだろうなとも思った。 「俺のために、大事なものを捨てさせたくない」    なにかがあった時に僕はいつでもすべてを投げ捨てる覚悟はできていた。それに藤堂も気づいていたのだろう。だから自分の選択肢にそれを加えることをしたくないんだ。僕が簡単に手放そうとしているものを、藤堂は大切に思ってくれている。 「離れたくない、けど。佐樹さんからなにも奪いたくないんだ。仕事を辞めさせたくない。あんなに大事にしてくれる家族がいるのに引き離したくない。俺のせいで人生変えさせるようなことはしたくない」 「藤堂、僕のために我慢しなくていいんだ。答えは一つじゃない」 「したくない、それは嫌なんだ」  心の矛盾が胸を苦しめている。せめぎ合う感情がこんなにも藤堂を追い詰めていたのか。僕のことを思ってくれている、それは正直言えば嬉しい。けれど僕は藤堂の枷にはなりたくない。  俯く藤堂の頬に両手を添えて上向かせると、僕は涙で濡れる目尻に唇を押し当てた。 「藤堂、考えよう。目の前のことだけじゃなくて、これから先のこと。五年、十年先、僕と藤堂が一緒にいられる選択をしよう」 「これから、先……」  頬を伝う涙を拭ったら、もうそれはあふれては来なかった。藤堂は僕との未来を描いてくれるのだろうか。どんな形でもいい、僕とどこかで繋がる未来であればいい。願いを込めて僕は彼の唇に口づけた。 「俺は、やっぱりあなたからなにも奪いたくない」 「……藤堂」 「でも佐樹さんと離れていると、息ができないくらい苦しくて辛い」

ともだちにシェアしよう!