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第1037話 始まり 1-1
あれから藤堂は学校へ復帰して、無事に卒業を果たした。休んでいたあいだの分は課題やテストで補ったけれど、それは藤堂にとってあまり難しいことはではなかったようだ。そして卒業後は慌ただしいくらいすぐに時雨さんの元へと旅立っていった。寂しいと言っている暇がないくらいあっという間で、少し拍子抜けしたほどだ。
僕はと言えば、予想通り藤堂の卒業式は見ることは叶わず、その後は一年の休職を余儀なくされた。しかし免職にならなかったのでこれは不幸中の幸いだろう。それに休職にはなったが相手の生徒についてはほぼ不問に付す形になり、ことを公にされることにもならなかった。これは間違いなく新崎先生の働きかけに寄るものが大きい。自分のことはもちろんだが、藤堂のことが取り沙汰されるようなことにならなくて本当によかったと思う。それだけで一年の遅れなど大したことではないような気になった。
そうして藤堂がいない僕の日常が少しずつ変化しながらも刻々と静かに流れていった。その時間は驚くほど早くどんどんと過ぎていき、季節は何度も巡った。大人の一年は早いとよく言ったものだが、それを今頃身をもって体験している気がする。一日がひと月が本当に早くて、周りの流れもあっという間だ。
午後の柔らかな日差しにあくびを噛みしめつつも、教科準備室をあとにして渡り廊下を歩いていたら、廊下の先――中二階の踊り場にこちらを見る視線があった。その人はちょうどこちらにやってくるつもりだったのか、まっすぐと僕のほうへ向かって歩いてくる。そして目の前までやってくるとその足を止めた。
「西岡先生」
「あー、間宮、じゃなくて柏木」
「もうそろそろ慣れてもいい気がするのですが、覚える気ないですか?」
僕の返事に眼鏡のブリッジを押し上げ、少し眉をひそめるのは間宮、ではなく柏木だ。あのストーカー騒ぎで結婚していることがわかったが、あれからしばらくして離婚をした間宮は苗字が旧姓の柏木になった。もうその苗字になって随分と経つのだが、顔を見るとつい前の苗字である間宮が口をついて出る。
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