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第1039話 始まり 1-3

 父親が体調を崩して倒れたのを機に、夫婦で実家に戻り店の経営に携わることにしたらしい。今頃は親孝行しているのだろうか。 「あいつの家のお菓子はうまいからなぁ。なくなる前に戻るぞ」 「はい!」  一通りお菓子は職員全員に配られるものの、残りは早い者勝ちだ。ちょうど甘いものが欲しかったので、僕は急いで職員室へ戻ることにした。急ぎ足で歩く僕の後ろを間宮がついてくる。 「飯田さんが辞めてからもう六ヶ月ですか。早いですね」 「そうだな。でも今年の春は驚きがあったから、なんだか半年もあっという間だったな」 「ああ、確かに私も驚きました」  飯田が辞めると聞いた時も驚いたが、新しい先生が入ってくると聞いた時も驚いた。毎年入れ替わりが少なからずあるけれど、着任が決まったのはやたらと大物感が漂う新人で、初めて知らされた時は耳を疑った。その大きな驚きは僕だけなく、ほかの先生たちも同様だった。 「センセ」  階段を下り、生徒玄関前を抜けて職員室に向かっていると、その先から聞き慣れた呼び声がする。その声に顔を上げれば、廊下の窓から射し込む日差しを受けて眩しいほどに煌めく人物がいた。噂をすればなんとやらで、それはいまちょうど話していた新任教師だ。  すらりと背の高く、均整の取れた身体にまとったスーツは派手さもないシンプルなグレー。それは新人が着るには控えめでぴったりな色合いだと思う。しかし長い手足もすっきりと収める彼のオーダースーツは、しっかりと着こなされていてものすごく新人らしさに欠ける。それは若々しさが足りないとかそういうことではなく、初々しさが足りないと言えばいいのだろうか。 「峰岸、なにしてるんだ、そんなところで」 「マミちゃんがセンセ迎えに行くって言うから、待ってた」  今年の春に新しく着任したのは峰岸一真――在校中はその存在感と周りを魅了するカリスマ性で生徒会長を勤め、生徒だけではなく先生たちすら一目置いていた元生徒だ。

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