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第1055話 始まり 5-3

 火照る頬を押さえて俯くと、僕は何度も深呼吸を繰り返す。そっと陰からから盗み見た彼は、荷物を手にこちらへと向かってきていた。一歩一歩と近づいてくる姿にどうしたらいいのかわからなくなってくる。いつまでもここに隠れているわけにはいかないとわかっているが、足がまったく前に進まない。 「なにしてるんだろう、自分」  こんなはずではなかった。彼に会ったら真っ先に飛び出していくつもりだったのに、こんなところで臆病風に吹かれるなんて馬鹿みたいだ。  自動ドアを抜けてきた彼はロビーの中程で立ち止まると、携帯電話を取り出しどこかへ連絡をしているようだった。指の動きでメールを打っているのがわかる。そして数分経つとどこかへ電話をし始めた。三島や片平に連絡を取ろうとしているのだろうか。けれど応答がないのか小さく息をついた。 「……あ」  しばらくその場で佇んでいたが、ふいにこちらに背を向けて彼は歩き出そうとした。その瞬間、ずっと根を張り動かなかった足がようやく踏み出される。その場を立ち去ろうとする彼の背中を僕はとっさに追いかけていた。 「優哉っ」  初めて呼んだ名前は少し震えた。けれど確かにその場に響いて、彼の足を止める。驚いた顔をして振り返った彼――優哉に向かって僕はまっすぐと駆け出していた。腕を伸ばしてしがみつくように抱きつけば、優哉はしっかりと受け止めて強く抱きしめ返してくれた。 「佐樹さん?」 「迎えに、来た」  僕を抱きしめる腕の力強さを感じて、胸につっかえていたものが少しずつ消えていく。尻込みしていた自分はやっぱり馬鹿だな。こうして向き合えばどれほどこの男を待ち望んでいたのかがわかる。触れられることが嬉しくて、幸せで胸がいっぱいでどうにかなりそうだ。

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