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第1069話 始まり 9-1
佐樹さんの長湯は相変わらずだねと笑いながら、優哉は最後まで付き合ってくれた。二人で背中を流し合ったり髪を洗ってあげたり、湯船にのんびり浸かって過ごしていると時間はあっという間に過ぎる。いつものようにうたた寝する僕のうなじに口づけて、小さく笑う優哉の声が何度も耳に届いた。けどなんだかそれさえも幸せに感じてしまう。そして背中を預けた胸が以前よりも逞しくなっていて、昔とは少し違うところを見つけてドキドキしてしまった。
これから先も些細な変化を見つけて胸を躍らせるのだろうなと、自分のことながら想像が容易くて笑ってしまう。けれどこんな日常をずっと僕は待っていたのだ。一緒に暮らすことを夢見て五年も経った。ようやく願いが叶ったのだから、その喜びを噛みしめても罰は当たらないだろう。
「佐樹さん」
「ん?」
「今度キッチンに調味料とか色々増やしてもいい?」
お風呂から上がると優哉はほどなくしてキッチンに入り明日の弁当の支度を始めた。帰ってきたばかりなのだからのんびりすればいいのにと思うのだが、どうしても彼は僕の食生活が気になるようだ。
「もちろん、キッチンはお前の好きなように使っていいぞ」
「じゃあ、明日買い物する時に買ってきます」
「うん、これからまたお前の作るご飯が食べられると思うと楽しみだな」
カウンター越しにキッチンを覗き込みながら、僕は手際よく調理をする優哉を眺めた。明日の弁当にはどうやら唐揚げにきんぴら、ポテトサラダが入るようだ。ふいにきんぴらを炒めるごま油の香りが鼻先をくすぐり、食事をしたあとだというのになんだか小腹が空いたような気になる。じっと見つめていたらそれに気がついたのか、優哉は口元を緩めて笑う。そして箸でひとつまみしてそれを僕のほうへと向けてきた。
「はい、佐樹さん味見」
「ん、いただきます」
大きく口を開けて差し出されたきんぴらを口に含む。するとふんわりとした優しい味付けと、唐辛子のぴりっとした刺激が口の中に広がり頬が緩んだ。
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